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□グラマラス
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誰もいないアジトに到着したホルマジオは、仕方なくコーヒーの粉をはかり、エスプレッソ・マシンに二杯分の水を入れた。
五分としないうちにブシュウと音をたて、熱湯を数滴跳ね飛ばしながらサーバーに落ちたコーヒーをカップに一杯分をそそぎ、三人がけのソファへと腰を下ろす。
リラックスするには少々タイトめなモスグリーンのシャツだったが、背もたれにゆったりと背中を預け、黒いミリタリーパンツの足を組む。
入れたばかりでいい匂いのコーヒーが、カップの半分ほどになった時だった。

待たされているのはホルマジオだが、その靴音はたいそう機嫌の悪そうな音を響かせて入ってくる。
しかしこんな音を立てるのは、革靴の主人の機嫌がとてもいい時だけだ。

今日も無駄な皺一本無いネイビーのジャケットを、珍しくカジュアルな黒のVカットシャツに合わせたスタイルのプロシュートが、ようやくのご登場である。

「よォ。俺にも寄越しな」

「まだサーバーに残ってンよ」

こちらに背を向けたままスローイングされた小箱を、ホルマジオは片手で受け取った。
ちゃんとホルマジオが愛飲する銘柄がパッケージングされている。
自分で呼び出しておきながらホルマジオを待たせたことへの謝罪は無いが、少ない待ち時間に支払われた賠償にしては充分だ。

プロシュートがキッチンでコーヒーを注ぐ間、ホルマジオは生ぬるいシエスタの空気に眠たくなりかけて、手近にあった今日の日付の新聞を手に取る。
一面に張り付いた文字が、マフィアの息子がハイウェイの乗り口で蜂の巣にされたことを大々的に報じていた。

車もろとも蜂の巣にするなんて悪趣味なオールド・スタイルを好むのは、いったいどこのファミリーだ。
口の中の不味い唾を思わず吐き出しかけたが、自分の足元は今、アジトの床であることを思い出し、コーヒーでぐっと飲み込む。

当たりもしない天気予報欄に目が行ったとき、手からさっと新聞が引き抜かれた。
そのまま、春風を吹きこませる窓へ、スローイン。

「アーー!何しやがんだよ!今日のだぜ!?」

ホルマジオは思わず窓へと身を乗り出した。

「ピイピイ言うな、どうせカビの生えた昨日のニュースだろうが。……それより、明日のカネを作らねェか?」

ソファの肘掛けに尻を乗せたプロシュートが、珍しいニヤニヤ笑いでカップを口に運ぶ。
最近の仕事は滞りがち。収入も滞りがち。
そんな現状のホルマジオにとって、すばらしく魅力的な皮切りに、その丸い目は悪賢そうな光を宿らせた。

退屈凌ぎと実益が兼ねられるなら、談判の価値はある。
これで実入りが多ければ言うことなし、だ。
上から覗き込むプロシュートの目が細められ、顎がクイと持ち上がる。
「やるか、やらないか」の答えを最速するように。

紙が風に煽られる乾いた音が、開け放たれた窓から聞こえる。

「分け前は?」

「三対七」

「しみったれ野郎のしまり屋が。四対六にしろ」

「決まりだな」

プロシュートは立ち上がり、脱いだばかりのスプリング・コートを閃かせた。
さっさと袖を通すと、アジトの鍵を取り出す。

「どこ行くんだァ?」

「続きはバールだ。調子が出ねェしゲンが悪ィ」

「?」

「買い置きのグラッパが切れてやがったんだ!」

盛大な舌打ちとともに、堪えきれずか、アジトの床にベッと唾を吐く。
身勝手なプロシュートの振る舞いに多少呆れながらも、ホルマジオはソファから立ち上がった。

「それにしても、オメーがオレに何か持ちかけるってェのも、珍しいな。普段は人のことチンケな能力だのツカエネーだの、小馬鹿にしやがるクセに。……何かの前触れかァ?」

「あァ?『オメェしか捕まらなかった』以外に何か理由が欲しいンなら、今から考えてやるぜ」



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