4部
□チョコレートのお菓子
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それは、遠い遠い昔の日曜日。部屋の掃除をしたいママにパパと二人で追い出され、公園まで散歩にいった時だ。今は小学4年だが、まだ小学校にあがる前だったと思う。寒い日だった。掃除が間に合わないほどの落ち葉が道を埋め尽くしていて、足を踏み出すたびに乾いた音をさせた。
「落ち葉がカサカサ音をさせているね」
パパが言った。
「ハンドロクリームぬったらいいね」
パパは一瞬足を止めて、そしてあははと声を出して笑った。
「ハンドクリームか、そうだね、すべすべになるかな」
パパがなんでこんなに可笑しそうにしているのかは解らなかったが、ぼくもつられて笑った。ハンドロクリーム、といったのは「手がカサカサだね、ハンドクリーム塗ろうね」と手をさするしぐさをする保育園の先生がいたからだ。ハンドロクリームになるのは、なんでか舌がもつれるせいだ。
マフラーから出ているぼくの鼻先が真っ赤になっているのを見て、パパはコンビニエンスストアのオーソンに入った。
温かい飲み物の棚から自分用に缶のコーヒーを、ぼくにはココアを取ってくれた。お菓子の棚に戻って、ママが買ってくるお菓子の箱を見つけた。
ぼくはいつものお菓子の箱のとなりに、同じようなデザインの、見たことがないお菓子があるのを見た。
「これ、違うね」
ぼくが指差すと、パパは子供の目線に陳列されていた箱の高さに腰をかがめた。
「そうだね。ママはこっちが好きだから、これは買ってこないね」
パパはその後、言おうか言うまいか迷ったような顔をしたが、小さく
「本当は、パパはこっちが好きなんだ」
と白状した。
「ないしょだね」
「内緒だけど、二人でおやつにしちゃおうか」
いつものお菓子じゃあないお菓子……「たけのこの里」と、缶のコーヒーとココアをひとつずつ、パパはレジへ持っていった。
公園のベンチの濡れていない所を探しだして、二人で並んでかけた。ぼくはココアを、パパはコーヒーを飲む。パパの膝の上で開かれた「たけのこの里」をつまんでみると、ママが買ってくる「きのこの山」とはずいぶん違っていた。尖った形の優しいクッキーに、チョコレートがついている。きのこの形をするかわりに、たけのこの形をしているのだ。本物のたけのこは見たことがなかったけれど、きっとこれも、そっくりなんだろうと思った。
口にいれると、ほのかなバターの香りとチョコレートの匂いがした。サクサクと食べごたえのあるそれを噛み砕くたび、鮮烈な甘さとおいしい匂いとが口いっぱいに広がった。
美味しい。
ぼくはまだモゴモゴと口を動かしたまま、パパを見上げた。
嬉しそうな、どこか悪戯っぽい眼差しでぼくを見ていた。
パパは何も言わずに頷く。
ぼくが何を言いたいのか、全部わかっているようだった。
パパもひとつ口に入れた。そして、ぼくを見て笑った。
これが、たけのこの里にまつわる思い出の全てだ。
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