4部
□チョコレートのお菓子
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また『これ』だ。
ぼくは思った。
飽きるほど繰り返した光景だった。
週に一度、六時間目まである水曜日。いつまでもガキなクラスメイトと、うんざりするような長い時間。そこから開放されて、やっと家に辿り着いたのに。
「お帰り、早人。買い物に行ったから、おやつを買っておいたわ。好きでしょう?」
うんと返事をした。ただ機械的な反応だった。今日の国語の朗読で「もう少し心をこめて」と注意された声のトーンと同じだったが、ママは満足そうに笑った。
「ウフフ。牛乳を入れてあげるわね。ママもコーヒーを入れるから、少しわけて頂戴ね」
ママの好きなもの。
それはぼくが好きじゃあないもの。
そう、これは『ぼく』じゃあない。ぼくが好きなものじゃあなくて、これはママの好きな。
───きのこの山
ママは僕の前に今日のおやつを差し出した。残酷な罰『きのこの山』の封をきる。ただの、薄っぺらいボール紙の箱だ。ミシン目に沿って引きちぎる。これで、返品も交換もできなくなった。中の銀色のパックをアーチに開く。いよいよお終いだ。この開け方は、途中で食べたくなくなっても、封ができないやり方だ。『今日もいいことなんか何もない』そう思った。
ここでため息なんかついたら、たちまちのうちにママの尋問が始まる。「どうしたの、学校で何か嫌なことがあった?」って。ため息の代わりに、椅子の下で足をぶらぶらさせた。
ひとつ指につまんで、口にいれる。チョコレートがカリカリ硬くて、口がぱさぱさする。
だから嫌なんだ。
牛乳で流し込む。冷たい牛乳とチョコレートは口の中で混ざり合わないから、ココアの味にはならない。
だから好きじゃあない。
ママはこれが好きだ。一口で食べられる大きさのそれ一個を、ちびちび前歯でかじっている隣から、ママの指が伸びてくる。目ではレディース4を追いかけ、手探りでパックの中のチョコ菓子を取って、口に放り込む。コーヒーを含む。
ママは冷たい牛乳と一緒には食べないから、ぼくの苦しみに気がつかないだけなのか。ぽきんと折れたので、観念して『じく』を口に入れた。舌と上顎に挟んで押しつぶそうとしたが、頑固に固いビスケットは決して潰れなかった。
横から伸びてきた指が、またひとつを取り上げる。顎のあたりから、ポリポリと小気味良い音がする。テレビの中のレディース4が、真珠のネックレスを大特価でママにおすすめしていた。なんと指輪が追加でサービスされた。さらにイヤリングも。お値段はそのままだ。ママの目は真珠より輝いている。またチョコレートの接続部分でじくを折ってしまった。冷たい牛乳を飲む。ネックレスは分割払いもできるらしい。嫌なおやつは分割にならない。長引かせたいとも思わない。
今から30分以内の電話を勧めるアナウンスを聞きながら、ぼくの頭は勝手にあの日のことを思い描いていた。一度だけ食べた、あの素敵なお菓子を。
たけのこの里を。
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