15万打記念
□握られた手は指輪か使命か
1ページ/1ページ
「沢田綱吉君、ですか?」
彼女に初めて出会ったのはS・スクアーロの襲撃からすぐのことだった。
「久しぶりだな、名前」
「うん…」
9代目の養子であるという名前は、リボーンの言葉にも弱々しく笑むだけだ。皆リング争奪戦で躍起になっているこのときになぜ彼女は現れたのだろう。
窺うように自分を見る綱吉の視線に気付いたのか、名前は困ったように笑みを見せた。
「急にお伺いしてごめんなさい、綱吉君」
「あ、いえ!お、俺は別に…」
「聞いたのか」
綱吉の言葉を遮るように切迫したかのようなリボーンの声が重なる。彼女は何を、と問うわけでもなくそっと表情を暗くした。
「スクアーロが…ヴァリアーが動き出したって…」
「その通りだぞ」
リボーンの言葉に疑心を確信に変えられたのがショックなのか、名前はぎゅっと目を瞑って俯いた。
一人話についていけず蚊帳の外な綱吉は、自分の首にかかるハーフリングを無意識に握り締めていた。
「狙いはハーフボンゴレリング。次期10代目ボスの座」
追い討ちをかけるようなリボーンの言葉に名前は目を見開いた。
「ザンザス……」
今にも泣き出しそうな彼女の口から出た名は綱吉には聞き覚えのないもので。だけど、その人物が名前の大切な人間なのだということはなんとはなしに理解できた。
「……綱吉君、」
「は、はい!」
思い沈んで口を閉ざしていた名前の瞳が綱吉を写す。突然のことに身を固くする綱吉を安心させるように、名前は小さく笑みを浮かべて見せた。
「おっきくなったねぇ」
「へ…?」
突如かけられた彼女からの言葉に虚を突かれ、綱吉は思わず間抜けな声を上げる。大きくなった?まるで自分の幼少を知っているかのような言葉だ。
どういうことか尋ねようと開いた綱吉の眼前に、名前の右手が差し出された。白魚のような手に一つ、美しい指輪がつけられている。柔らかい色彩を放つ向日葵色の宝石が、精密にダイヤカットされたことにより華の形を生み出している。今まで見たこともない、美しい指輪。その指輪はなぜか綱吉を魅了してやまなかった。
「私は華の守護者、名前と申します。私をあなたが創るボンゴレファミリーの守護者に加えて下さい」
綱吉は一瞬、何を言われたのか分からなかった。ボンゴレリングは全部で7つ。そのリングは全て綱吉の仲間たちの手に渡っている。
大空、雨、嵐、雷、雲、晴、霧。リングはそれだけではなかったのか?
「名前、本気か?」
混乱する綱吉を代弁するかのようにリボーンが問う。
対して、問われた名前の目は、もう揺れてはいなかった。
「これ以上、過ちを侵させるわけにはいかないから」
意志の強く宿る瞳。綱吉は、そんな彼女の瞳に見えるはずもない死ぬ気の炎を見た気がした。
「ツナ、ボンゴレリングは7つだと言ったな。実は8つ目のリングがある。それが『華のリング』だぞ。歴代必ず7人の守護者が選ばれるのに対して、8つ目の華の守護者だけは必ずしも現れるとは限らない」
「それってどういう…」
「華の守護者はそこに『在る』だけで華のように開く云わば繁栄の象徴。華の守護者が現れた代は全盛を迎えると言われているんだぞ。名前は歴代でも久々に現れた華の守護者。つまり10代目を襲名するためには――」
「彼女の存在が…不可欠」
「その通りだぞ。名前はヴァリアーではなくお前を選んだ。これで心置きなくボスになれるな」
「なー!?」
マフィアのボスになんてなりたくないのに、事態はいつもまるで綱吉を10代目の椅子に押し進めるかのように背を押してくる。
「名前さん!お、俺なんか10代目に相応しくないですよ!俺は戦いなんてしたくないんです!」
思わず叫ぶように告げれば、きょとんと目を丸くした名前は、やがてふと笑い出した。
「名前さん…?」
「ご、ごめんね。だって綱吉君、ちょっとノーノに似てる」
ノーノ?と首を傾げる綱吉を余所に、名前は可笑しそうに目尻に浮かんだ涙を拭うと、綱吉を見て優しく微笑んだ。
「私は9代目が築き上げたファミリーが大好き。綱吉君なら、きっと…」
尻切れ悪くそっと握られた綱吉の手。暖かいその手を、綱吉は知っている気がした。ずっとずっと昔、こうやってこの手に触れられたことがあるような気がする。
「名前…さん、」
彼女のことを思い出すことはできないけど、名前は間違いなく華の守護者なのだと思った。華奢でか細く、手折れてしまいそうで、だが強く、凛と美しい。自分の中に流れるボンゴレの血が、彼女を守れと囁いている。ドン・ボンゴレの美しい華を――。
10代目になる覚悟なんて少しも生まれてはいなかったが、綱吉は握られた手にそっと力を込めた。