15万打記念

□青い春
1ページ/1ページ



ある日、湖畔のそばで黄昏る後ろ姿を見つけた。

「……」

それが名前・名字なのだということはすぐに分かったが、シリウスはどう話しかけていいのか分からず、その後ろ姿を見つめたまま立ち竦んだ。
後ろ姿だけで彼女の表情を伺い知ることはできないが、シリウスにはその表情が手に取るように分かった。きっといつものように、自分たちには到底理解できない、何かを見透かしたような、全てを諦めたような、そんな目をしているに違いない。そんな彼女の表情はいつだってシリウスを苛立たせ、どうすることもできない焦燥感を生むのだ。
今にも消えそうな後ろ姿。だから安易に近づくこともできない。遠い、存在。

「まるで恋する乙女じゃないか。ねぇ、リーマス」

「ジェームズ、女の子を背後から舐め回すように見つめて妄想する人間を恋する乙女とは呼ばないよ。それは変態だよ」

「!お、まえら!」

感傷に耽るシリウスの思考を遮ったのは誰でもない彼の親友たちで。聞き捨てならない言葉に頬を赤くして奮起するシリウスに二人はニヤニヤ笑みを浮かべるだけだ。

「話しかけないの?」

「別に話す事なんてねぇよ」

「僕の名前はシリウス・ブラック。今日は晴れ。明日もきっと晴れ。人生快晴」

「…リーマス、殴るぞ」

「あっはっは!」

「お前も笑ってんじゃねぇよ!」

怒号を放ってはっとしても後の祭り。恐る恐る名前を見れば、彼女もこちらを見ていて、小さく笑った。いや、嘲笑った。言うならば、「またやってるよ、ガキんちょたち」。

「み、見てんじゃねぇよ!」

「はいはい、すいませんでした」

「ちょ、君ってばどこの不良だよ。名前には一切落ち度はないよ」

「ごめんね、名前。シリウスってば見ての通りの子供で…」

「いいんだよ、二人とも。子供は子供の内に子供らしくいることが大事なんだから。シリウスは悪くない」

「なんだこの四面楚歌」

そんなこんなで面白がって去っていったジェームズとリーマスがいなくなり、湖畔にはシリウスと名前、二人が残った。

「いやはや、良い天気だね。心まで天日干しされる気分だよ」

「お前は本っ当年寄りくせぇな…って普通に煙草吸おうとしてんじゃねぇよ」

「ん?あ、しまった。すっかり自室にいる気分だった」

「…寝てねぇの?」

「うん」

煙草をケースに戻しながら虚ろに名前が頷く。名前が深夜徘徊しているのはバイトのためだと知ったのは最近のこと。身寄りが一人もいないため、自分で働いて生計を建てているのだと聞いたときの驚きは記憶に新しい。どうやら今日も今日とてバイトに励んで睡眠を取っていないらしい。そういえば酷く眠そうだし、心なしか顔色が悪い。

「寝ないのか?」

「あと一時間ぐらいでまたバイトなんだ。ベッドで寝たら多分起きられない」

「…」

そう言う名前の頭はふらりふらり揺れている。瞼は今にも閉じそうで、見ているこっちがハラハラしてしまう。

「一時間経ったら起こしてやるから寝ろよ…」

「スリザリン寮まで起こしに来てくれる?」

「…それは無理」

「だよね」

「………ここで寝ろよ」

どすっと座り込んで叩いたのは自身の膝。つまり膝枕をしてやろうということなのだが、自分自身でも驚きの提案に、かぁと頬に熱が集まるのが分かった。

「…自分で言って赤くならないで下さいよ」

「う、うるせー!俺だって今後悔してるよ!」

引っ込みのつかない事態にくしゃりと髪を掻き乱すシリウスに名前は思わず小さく笑う。不器用な彼の優しさが、ただ純粋に嬉しかった。

「ありがとう、シリウス。君は優しいね」

「……」

繕うことなく名前がそう笑うものだから、シリウスは何も言えず、頬を染めるだけだった。



「青い…青いなぁ、シリウス…」

「急に膝枕とか気持ち悪いよね」

そしてそんな後ろ姿を草陰でそっと友人が見守っていることをシリウスは知らない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ