15万打記念
□君が僕の手を離れるそのときまで
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「名前お姉ちゃん!」
小さな体が勢いよく弾丸よろしく飛び込んでくる。それをぐぇっ!となりながらもなんとか受け止めたら次から次へと子供たちが突進してきて、倒れそうになったところをシュナイゼルに支えられて助かった。子供は容赦ありませんね!
今日私に突進してきた子供たちはいつもの弟妹たちではなく、視察と銘打ってちょくちょくやってきている孤児院協会の子供たちだ。0〜18歳までの身寄りのない子供たちが大所帯で生活している。今日はシュナイゼルも一緒に行きたいと言うので連れてきた。
「名前様、」
柔らかく私の名を呼ぶ声に振り向けば、そこにはこの孤児院で最年長のエトワールが立っていた。エトワールは金糸のような金髪と整った容姿がどことなくシュナイゼルを思わせる美しい青年だった。
「エトワール!久しぶりだね!」
「はい、名前様にお会いできて嬉しいです」
礼儀正しくて可愛いエトワールにキュンとして同じ高さにある彼の頭をうりうりと、撫でた。
「ぅわ、」
「初めまして、弟のシュナイゼルです」
ら、シュナイゼルに押し退けられた。ちょ、挨拶するのにお姉ちゃんが邪魔なら言えばいいでしょ!
「あぁ、初めまして、シュナイゼル様。エトワールと申します。名前様にはいつもお世話になっております」
「いや、こちらこそ姉がお世話になっているようで。迷惑をかけていないといいが」
「迷惑だなんてそんな。名前様は優しくて美しくて素晴らしい方です」
なんて言いながらエトワールが私を見つめるもんだから、まぁあれね、不覚にもドキッとしちゃったわけさ。そしたらそんな空気を敏感に感じ取ったシュナイゼルに軽く睨まれた。ひぇー。
「……」
そして帰りの車の中、俄にご機嫌斜めな弟が一人。シュナイゼルは聡明で優しい子だから、あからさまに不機嫌オーラを出すことは滅多にないが、長年の付き合いで弟の機嫌は大体分かる。だって彼は、生まれてきたその日から、私がずっと見守り続けてきたただ一人の男の子だから。
「シュナイゼル、お姉ちゃん何かシュナイゼルに嫌なことしちゃったかな?」
そう聞けば、急にどうしたんですか、と繕うようにシュナイゼルが聞いてきた。
「もしそうなら謝りたいの。大好きなシュナイゼルに嫌われたら私は生きていけないから」
そんなことを言えば、見開かれるシュナイゼルの薄紫の瞳。そういえばブリタニア弟妹はみんなこの色系統だなぁ、と綺麗なその眼色を見ながらぼんやり思った。
そんな私に対し、シュナイゼルは観念したように深呼吸ひとつ、私に向き直った。
「私が至らないばかりに姉上に余計な気遣いをさせてしまって申し訳ありません。私はただ…」
「ただ?」
言い淀むシュナイゼルの先の言葉を促すように復唱すれば、ばつの悪そうな表情が何とも幼くて可愛かった。
「彼に…エトワールにあなたがとられてしまうのではないかと不安になっただけです」
瞬間、ぶほっ、となりそうになる気持ちをどうにかこうにか堪えて、堪えて……堪えきれなくなった。
「シュナイゼル〜!」
「うわ、」
たまらず押し倒すような勢いで抱き付けば、シュナイゼルから困惑の声が上がるが、そんなの気にしていられない。可愛すぎるシュナイゼルが悪いんだから!
「私は誰よりも何よりもシュナイゼルが一番大好きで一番大事!だからシュナイゼルがお姉ちゃんの存在が必要ないと思うそのときまで、私はシュナイゼルだけのお姉ちゃんだよ」
ぎゅ〜っとシュナイゼルを抱き締めてそう言えば、急に肩を掴まれてばりっと引き剥がされた。真剣なシュナイゼルの表情がすぐ目の前。
「私があなたを必要ないと思う日は絶対にきません。だからずっと、私だけのあなたでいて下さい」
まだ青年と呼べる幼いシュナイゼル。これからたくさんのことを知り、広い世界に目が眩むだろう。私たちは、ずっと子供のままではいられない。きっと好きな人や守るべきものができて、シュナイゼルは私の元を離れていくだろう。だけど、あまりに真摯に彼がそんなことを言うものだから、それが無理なことと分かっていても嬉しかった。
「愛しています。姉様」