saloon

□「貴方」
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きっと、分かっていた。



貴方を想い、貴方を抱き、ときには貴方を離れ、
それでも貴方と共に同じときを刻みながら。





――遅かれ早かれ、いつか、こうなる日が来る事は。




この瞬間は永遠じゃない。

そう分かっていても、これ程にも貴方を想うことはやめられる筈もなかった。






ドアの開く音。



「…ああ。来てしまったのですか」



振り向かなくても分かった。
ヴェール越しに私を見るのは紛れもない、貴方だった。

私は、貴方の纏う空気を感じ、息を飲んだ。






何故ですか、思徒様。
何故いま、私の前に現れるのですか。





馬鹿な調教師は、フェードアウトして貴方の前から何もなかったかのように消える。


貴方を縛るものから貴方を護る為、



その忌わしい程に美しい姿をこのひとみに映したそのときから、そう決めていたのに。








「董奉」



鼓膜を震わせる、愛しい、
痛いほど愛しい貴方の声。

何度も何度も、聞く度に焦がれた貴方の声。




「妻や子供との人生を捨ててまで、何故復讐を選んだ」

「……」





なにも、答えられなかった。





「さあねえ…私にもよくわかりません」




ははっ。


軽く笑って、  誤魔化した。


私の人生なんてどうでもよかった。
貴方が、過去にも未来にも、そして私にさえも縛られず
只々笑ってくれれば、それでよかった。


そう言ったら、言えたら、
貴方はどんな顔をするのでしょう。








「董奉、」


「…さあ。今度こそ永遠に、おさらばです」








――嗚呼、永遠に。





語尾がふるえた。




貴方と過ごす刻には永遠なんて願えないけれど、
貴方とはもう、永遠に逢うことはないのは確か。




貴方が私の名を呼ぶことは、永遠に、ない。


体が呪術に蝕まれつつあるからか、そんな女々しいことを思い、俯いた。






「思…」



言いかけた時。


空間を隔てるヴェールが取り払われ、
いつもの憂いを帯びた目が朽ちゆく私を映していた。




「思徒様……」



「…お前の名が知りたい」

「……」

「董奉ではない、親から与えられた名を」

「………」




――嗚呼。


ずっと、ずっと、貴方に名を呼ばれてみたかった。
その薄い唇で、私の名を紡いで欲しかった。





甘くて苦い、眩暈。

刻が、止まったような錯覚。





私は掠れる声で、名を告げた。




「    」





その単語は、復唱された。

貴方の深くて遠い、その声で。





まるで何かとても大切なものなのかと錯覚してしまう程に、
薄いその唇が、丁寧に私をかたどった。







「俺が、憶えている」


「……」


「俺が、お前の名を。」


「……」


「だから……ッ、

安心して、逝け。」





思徒様が私を まっすぐに、視た。


私と思徒様の視線が交差した。





「……」



いつになく赤いその目を見た私は口角でわらい、そこから目を背け、


そして思徒様に背中を向けた。







「……」









背後で、ドアが閉まる音がした。









.....



あとがき。




お久しぶりです^^
あやです

携帯は消失(以後復帰してません)、
PCは体調不良とのことで
かなり久しぶりの更新となってしまいましたorz

本当にお待たせして申し訳ありません;;



それにしても、董奉はぴばー☆です^^
董奉はぼく的に大好きなキャラだったので、
追悼もこめて。


捏造しまくりですみませ(-_-);




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