やおよろず

□小噺[伍]
2ページ/6ページ



ただ無邪気に駆け上がった境内の、真ん中にポツンと建つ古びた堂を目指す。
そこが終着だからだ。
息を切らせて堂の縁に座れば、僅か開いた扉の隙間から白い手が差し出される。
手には上等な漆塗りの皿に乗った饅頭がひとつ。
優しげな低い声に促されるまま、子供は嬉々として饅頭を頬被った。
優しげな低い声と短い会話を交わしながら、子供は仲間が追い付いて来るのを待った。
天の高い位置で照っていた太陽が傾き、境内に長い影が落ちても、子供の仲間は姿を現さなかった。
日が傾いたから帰ると子供が立ち上がる。
優しげな低い声は言った。

「烏が鳴いても、振り返ってはいけませんよ。決して…」

耳を撫ぜた地を這う声に、烏天狗はハッと瞼を押し上げた。
つぅと頬を伝う冷たい汗、喉がカラカラに渇いている。
彷徨わせた赤い瞳は、亀裂のように暗闇に射す赤を映した。

「貴方はそう忠告をしたのに」

喉の奥で笑う声に導かれ、烏天狗は声を探して僅かに首を捻った。
開け放たれた堂の扉を背にした、ひとつの細い影。
真っ赤な光の中に浮いたそれが笑う。

「おはようございます。寝坊助さんですね」

低い笑い声を聞いた烏天狗は、そこでようやく意識が覚醒したらしかった。
そうして、自分が昼寝をしていたことを思い出す。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ