10/08の日記

10:39
No.4-なぜここに?クチートで大騒ぎ!!(3)
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「ユウキっ!!」
こちらへ走ってくる影に、トワはその名前を叫んだ。少し息を切らしながら白髪の少年が近づいてくる。駆てきた少年の元へトワは走り出そうとするが、はたと自分が動けない状況だったことを思い出す。
「トワ、そこにいるの誰――…」
ユウキはふと足を止めて眉をひそめるが、トワのただならぬ状況にハッと気づく。
「トワから離れろッ!!」
ユウキはトワと青年の間に割って入ると、トワに向けられたキューを掴み、もう片方の手でトワを後方へ押しやった。
「あんたトワに何する気だ!!」
ユウキは青年にケンカ腰にふっかける。
確かにこの状況ではユウキが誤解してしまったのも頷ける。しかし青年は何もしていないし、むしろトワの方が青年を誤解させてしまっているのだ。
「ち、違うのユウキ!!」
トワは慌ててユウキの袖を引っ張る。
「お前もそのお嬢ちゃんの仲間か?」
しかし青年もケンカ腰にユウキに眼付ける。青年の方もユウキに負けず劣らず短気なようだ。
「あ、あのっ」
今度は青年に向かってトワは声をあげる。
「だったら何だって言うんだよ」
しかしユウキは売り言葉に買い言葉とでも言わんばかりに青年に食ってかかる。
しかしその時、ふと青年の足元にくっついているクチートを発見した。
「ク、クチート!!まさか、あんたもクチートをゲットしようって魂胆か!?」
「"も"…?」
ユウキの言葉に青年は眉を歪める。
「おい、クソガキ…。テメェ、このクチートをゲットしようとしてたのか?だからこいつにこんなにかすり傷があんのか!?」
青年がキレて大声でユウキを怒鳴る。青年は完全にユウキを勘違いしてしまっているようだ。
その声にトワはビクッと体を震わせる。
青年がクチートのためにあんなに怒っているのは喜ばしい限りだが、こちらにしてみればとんだ災難だ。
しかしユウキはトワのように怯んだりはしない。
「はァ!?ふざけんなッ!!オレ達はクチートを助けたんだよ!!妙な言い掛かりつけてくるんじゃねェ!!だったらそっちこそクチートの何だってんだよ!?」
むしろそれに張り合うくらいの大声で言い返す。
青年がどう怒鳴り返してくるのか、ユウキもトワも固唾を呑むように次の反応を待つ。
しかし突然青年は前屈みになると、押し殺した笑いのようなものを漏らし始めた。
若干顔を歪めながら、ユウキは青年から遠ざけるようにトワを押しやる。
するとゆっくり青年が体を起こした。その顔に怒りの文字はひとつとしてない。
そしてその代わりに彼は得意満面な表情で着ていた白衣を整え始めた。
その突拍子な変化に思わずユウキとトワは顔を見合わせる。
「ふっ、聞いて驚くんじゃねぇぞ」
青年はコホンとひとつ咳をすると、バッと白衣を翻した。
「何を隠そうこの俺こそ、あのポケモン研究の権威として名高い"オーキド博士"の助手、『ゴールド』だ!!」
そして腕を組み、参ったかと言わんばかりに大きく高笑いを噛ます。
ユウキとトワは只々ぽかんと呆気に取られるばかりだった。
反応の薄さも気にせず、ゴールドは一人で話を進める。
「驚きのあまり言葉も出ないか。ま、当然の反応だな」
「ちょっと待て」
我慢しきれずにユウキはゴールドに向かって唸る。
「あんたみたいな前髪爆発ヘッドがあのオーキド博士の助手のわけないだろ?」
ってかクチート関係ないし、と更に付け加える。
確かに、とグラエナもユウキの隣で頷いて見せた。
トワもその反応に同調するような形で苦笑いする。
先程聞いたクチートの話から、ゴールドが嘘を言っていないことは確かなようだ。しかし本当だと証明するにはかなり無理があるような気がしてならない。
(ッ、弱気になってる場合じゃない!一番状況を理解してるのは私なんだから、私が早く二人の誤解を解かないと!!)
トワは自分自身を奮い立たせる。
「あ、あの…!」
「前髪爆発ヘッドだと〜?テメェ、この流行ファッションがわかんねぇのかぁ?」
しかしトワの入る余地など何処にもなかった。
ユウキと青年が、互いの鼻が付きそうなくらい近い距離で睨みあっていたのだ。まさに一触即発の状況である。
「大体年上に向かってその口の利き方、一から教育し直した方が良さそうだなぁ」
「バカに対する口の利き方に年上も年下もないだろ。大体、あんたがオレに教えられるものなんてあるわけ?」
二人の会話をトワとグラエナ、それにクチートは只々見守る。
先程まであったはずのトワの意気込みはすっかり消沈してしまっていた。
(何だか論点がすごくズレていってる気がする…)
クチートについて争っていたはずなのに、今は何故か二人だけのケンカになっている。
「言いやがったな、この白髪頭〜!だったらポケモンバトルで勝負だ!!大人のポケモンバトルってもんを手取り足取りじっくり教えてやらぁ!!」
「臨むところだ!その爆発した前髪へなへなにしてやる!!」
そして二人の間にゴングが高らかに鳴り響いた。


「いけッ、ガブリアス!!」
「やっちまえ、ニョたろう!!」互いのポケモンがボールから飛び出してきた。
ユウキが選んだのはガブリアス。そしてゴールドが繰り出してきたポケモンはニョロトノだった。緑の体にペタペタとした手足と丸い目が何とも愛らしい。
「ニョロトノだ!」
グラエナ、クチートと共に離れた所で観戦していたトワはその姿に声をあげる。
(って何楽しく観戦してるの、私!?)
「ねえ、クチート。どうにかゴールドさんを止められないかな?」
トワはクチートへ投げ掛ける。しかしクチートは「無理だよ」とでも言うように首を横に振った。
確かに二人を見る限り止められそうな雰囲気ではない。
「このままバトルで決着つけさせて落ち着かせるのが一番いいと思う」とグラエナも冷静にトワへ告げた。
「へ〜、ガキのくせに良いポケモン持ってんじゃん」
ゴールドがガブリアスを見るなり感嘆して思わず口笛を吹く。
「でもそんなので戦意喪失させようったって、そうは問屋が卸さないぜ」
「これで喪失されちゃったらガッカリだよ。これからがバトルスタートなんだからさッ!!」
ゴールドの言葉にユウキは余裕の笑みで返すと、そのままガブリアスに戦闘指示を出した。
「ガブリアス、一気に決めてくぞ!じしんッ!!」
次の瞬間、ガブリアスが大きく跳躍した。
トワ達は、太陽を背負って空に浮かんだガブリアスを眩しそうに振り仰ぐ。
まるで時間が止まっているかのように、空中に1、2、3…
そして次の瞬間、地面が下から激しく押されるように突き上げてきた。
ガブリアスが着地した所から、ビキビキッと音をたてて地面に亀裂が走る。
トワとクチートは側にあった木の幹にがっしりとしがみついていたが、揺れになす術もなく振り払われた。クチートが驚きのあまりトワの懐に抱きつく。
相変わらずの凄まじい威力だ。
徐々に揺れも収まり、ユウキはゴールドの方へ得意そうな顔を向ける。しかしゴールドの顔には焦りの色すら浮かんでいない。
ユウキはその様子に眉をひそめるが、すぐにその表情が氷つく。
「!?、ニョロトノがいない!!」
そう、技を繰り出す前まではいたはずのニョロトノの姿がなかったのだ。
ガブリアスもキョロキョロと辺りを見渡して必死に相手の姿を探す。するとふと上を仰いだユウキが表情を豹変させた。
「ガブリアス、上だッ!!」
ユウキの焦ったような声が辺りに響き、瞬時にガブリアスは上へ顔を向ける。
「バカが、おせぇんだよ」
ゴールドは失笑すると、頭上へ向かって大声で叫んだ。
「いけ、ニョたろう!!」
『ドガッ!!』
その瞬間、鈍い音が辺りに響き渡った。
空から降ってきたニョロトノの足蹴りが見事ガブリアスの顔面に命中したのだ。
轟音と共にガブリアスの巨体が激しく地面へ叩き付けられた。
トワは息を呑む。
ユウキがこれほど押されたのも、あんなに必死そうな顔付きになったのも初めて見た。
「ガブリアス、大丈夫かッ!?」
ユウキの声に答えるように、ガブリアスはゆっくりとその体を起こす。
「"とびはねる"か」
ユウキは険しい顔付きでゴールドに投げ掛ける。
「ご名答」とゴールドは心底愉快そうに顔を歪めた。
「とびはねる…?どんな技なの、グラエナ?」
トワは隣で静かにバトルを見守っていたグラエナに問いかける。
とびはねる、空中に飛び次ターンに攻撃する飛行タイプの攻撃技。そして飛行タイプに地面タイプは効かないのだともグラエナは付け加えた。
(ヤバイな…)
ユウキは内心焦る。
ユウキの記憶している限り、一般のニョロトノの素早さは平均並。ガブリアスはというと平均よりもやや速めだ。普通に考えればニョロトノよりガブリアスの技が先に決まるのは必然。しかし現実には逆の結果になってしまった。
これはどう考えても理由はひとつ。
「お前のガブリアス、俺のニョたろうよりレベル低いだろ」
ゴールドは得意気な顔をしてユウキに投げ掛けた。
図星を指され、ユウキは悔しそうに顔を歪める。
「レベルが低いんじゃお話になんないな〜」
ゴールドの大人げなさにクチートがため息を吐く。
トワとグラエナも失礼ながら内心クチートと同じ気持ちであった。
「ふざけんな!レベルだけで全部決めつけるような奴には絶対敗けねェ!!」
ユウキの声に呼応するようにガブリアスも大きく雄叫びをあげる。
「おお、威勢良いね〜。好きだよ、そういう熱血野郎」
ゴールドは楽しそうに唇の端をつり上げる。
「かくいう俺もそうだけど。ま、俺みたいな奴はバトルで実力をわからせるのが一番良いんだよな」
(グラエナと同じようなこと言ってる)
そしてふとトワは隣のグラエナへと目線を移した。
やっぱりグラエナはユウキのこと知り尽してるんだなァ…
「わかってんじゃねェか。オレの実力じっくりわからせてやるよ!!」
「ほざけ、それはこっちの台詞よ!!」
そして再び二人のバトルが始まった。
先ほどと同じくらい熱いバトル。けれどよく見てみれば、ユウキの戦い方が慎重になった気がする。レベルをカバーするにはやはり戦法しかないのだ。
それを感じ取っているのか、ゴールドの戦いにも先ほどより緊張感がある。
「す、すごい…」
トワはただその光景に魅入っていた。そして隣のクチートへ笑いかける。
「ゴールドさんもすごいけど、ユウキだって―――…」
しかしクチートへ投げ掛けた言葉は途中で消えてしまった。クチートが苦しそうに座り込んでいたのだ。
一気にトワの笑顔が凍りついて青ざめる。
「ク、クチート、どうしたの!?」
グラエナも急いでクチートの側へ駆け寄る。
もしかしたら病気の症状!?
「ポケモンコレクターに受けた傷のせいでぶり返したのかもしれない」とグラエナも深刻な顔で呟く。
ポケモンセンターでは意味がない。オーキド博士に見せないと…!!
けれどそれにはまずあの二人を止めないといけない。
トワはクチートを抱き上げると、バトル真っ最中の所へ駆けて行った。驚いてグラエナが後を追う。
「二人共、バトルをやめてくださいッ!!」
トワは大声をあげる。
しかし鳴り響く爆音や雄叫びに掻き消されて全く届いていない様子だ。
トワもしばらく根気強く声をあげていたが、仏の顔も三度まで。
ついに堪忍袋の緒が切れた。

「やめなさいッッッ!!!!!!」

トワの声に先ず戦っていたポケモンが静まり、それにつられてトレーナーの方も静かになった。
一瞬何が何だか理解できないようだったが、平生らしからぬトワの様子に二人は体を強張らせる。
「クチートが苦しそうなんです!!ケンカよりクチートを助けることが先でしょう!?」
トワの啖呵に二人は急いでバトルを中断させた。
「クチート!!」
ゴールドが転びそうな勢いでトワの方へ駆け寄ってきた。トワはクチートを抱いたままゴールドへ叫ぶ。
「たぶん病気の症状です!!」
ゴールドはその言葉に目を丸くした。
「な、なんであんたがそれを…ッ!?」
しかしトワはそれを強く切り捨てる。
「そんなことどうでもいいです!!早くオーキド博士を…!!」
トワの叫びにゴールドは強く頷くと、バッとユウキへ振り返った。
「おい、クソガキ!!俺とオーキド博士を探すの手伝ってくれ!!」




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10:38
No.4-なぜここに?クチートで大騒ぎ!!(2)
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「う、うん…」
初めて聞いたユウキの冷たい声に戸惑いながら、トワはその場を離れた。
(ユウキ…怒ってる…?)
空気でわかる。ユウキの回りだけ静電気を感じる直前のような、心臓に悪い緊張感でいっぱいだ。
「グラエナ」
グラエナがユウキの前に躍り出た。ユウキとポケモンコレクター、グラエナとラッタが睨み合う。
「グラエナ、かみつく!!」
「ラッタ、いかりのまえば!!」
2人の声が同時に発せられ、二匹は同時に走り出す。距離が一気にせばまる。
ラッタがグラエナの懐へ飛び込んできた。しかし喰らう前にグラエナはラッタのうなじに噛みつく。ラッタが外そうと体をよじらせるがグラエナの牙がそう簡単に緩むわけがない。
「そのまま投げちまえ!!」
そしてグラエナは豪快にラッタを上空へ投げ飛ばした。ラッタの体が弧を描いて空を舞う。しばらくしてドスンという鈍い音とともにラッタが地面に落ちた。ラッタは痙攣するように体を震わしたがすぐに動かなくなってしまった。
「ラッタ!?」
ポケモンコレクターは想像もしなかった結果に驚きを隠せないでいる。
一方ユウキも予想外な結果に少し呆れていた。グラエナにあんなに威嚇するくらいだからどのくらい強いのかと思いきや、かみつく一発で戦闘不能になるのなら高が知れている。
トワもそう感じたのか少し驚いたようにクチートと顔を見合わせていた。
「もう終わりなわけ?」
ユウキの言葉にポケモンコレクターは言い返す。
「んなやけねぇだろ!!まだまだ手持ちはたくさんいる。勝負はこれからだ!!」
その言葉を聞いてユウキは思わず笑いを溢してしまった。
「な、何がおかしい!」とポケモンコレクターがユウキに怒鳴る。
「あのラッタ、あんたのポケモンの中では結構レベル高い方なんだろ」
ポケモンコレクターの表情が一瞬変化した気がした。
「あの自信満々な態度見てたらすぐ分かるよ。でも残念、あんなレベルじゃまずオレには勝てないね」
ポケモンコレクターは屈辱に顔を歪める。
「ガキがよくそんな口をきけるな!!後で泣き付いてきたって許さねぇぞ!!」
ユウキは失笑しながらポケモンコレクターに向き直った。
「お手柔らかに」


「くそっ、いねェ!!」
白衣に帽子、そして背中には何故かビリヤードのキューを斜め掛けという少し変な格好をした青年が、慌てた様子で草むらを掻き分けて何かを必死に探している。
すると背後から結構年の往った男の声がかかった。
「見つかったか、ゴールド!?」
ゴールドと呼ばれた青年は一瞬体を震わすと、恐る恐るというように背後に顔を向けた。
「オーキド博士…!!」
立っていたのは白衣を着た少し厳格そうな老人だった。
彼の名前はオーキド。
ポケモン研究の権威であり第一人者、その名を知らない者は一人としていないほどの有名人だ。
「早く見つけんと…。もしまた症状が悪化してしまったら…!!」
オーキド博士は眉を吊り上げて厳しそうな顔を更に厳格にしていた。
ゴールドは冷汗をたらたら垂らして体を固める。
「何をしておる!!早く見つけるんじゃ!!」
「は、はい――――――っっっ!!!!」
ゴールドはすっ転びそうになりながら更に草むらの奥へと走り出した。


グラエナのシャドーボールが見事に決まった。シザリガーは必死に立ち上がろうとするが、ダメージに耐えきれずそのままドスンと倒れる。
「シザリガー!!」
ポケモンコレクターにはもう手持ちのポケモンはいない。
ユウキの勝利だ。
「お疲れさん、グラエナ」
嬉しそうに駆け寄ってきたグラエナの頭をユウキは優しく叩く。
トワはそのままユウキを見守っていた。まだ話は終わっていない。
ポケモンコレクターは精神的に相当打ち砕かれたのか、ガックリと肩を落としていた。
「約束通り、クチートをどこで見つけたのか教えてもらおうか」
ポケモンコレクターは顔をユウキの方へと向けて悔しそうに呟く。
「どこってここだよ。おれだって凄く珍しいと思ったからゲットしようと思ったんだ」
ユウキは明らかに眉をひそめる。
人のポケモンだとしたら逃げ出すはずがないし、かといって一度捕まえたポケモンを野生に返す時はちゃんと捕まえた場所に放すようにシステムがなっている。
「ウソつくなよ。何でこんな所に野生のクチートがいるんだよ」
「ウソじゃねえよ、そんなのこっちが聞きたいくらいだ」
いくら聞いてもポケモンコレクターはそれしか答えない。
しかしふとユウキにある考えが浮かんだ。
(トワに聞いてみればいいんじゃないか)
確かな証拠もないけれど、トワはポケモンと特別な事ができるような感じだった。
(そういえば、トワはあの時オレに何て言おうとしたんだろう?)
「なあ、トワ。ちょっとお願いが―――…」
ユウキは後ろのトワの方へ振り返る。しかしその顔は瞬時に凍りついた。
先程までいたはずのトワの姿がどこにもない。しかもグラエナの姿もないのだ。
「トワ!?」
ユウキは幾度もトワとグラエナの名前を叫ぶ。しかしウンともスンとも返ってこない。
まさか、またスカイ団に…!?
「あの子なら逃げ出したクチートを追ってどこか行っちまったぞ。グラエナもその後を追っていったのがチラリと見えたけど…」
慌てているユウキにポケモンコレクターが薄笑いを浮かべながら呟いた。
「何で教えなかった!!」
ユウキはポケモンコレクターの襟首をガッと掴み上げるが、ポケモンコレクターはさらりとした様子で言い返す。
「すぐ帰ってきそうな雰囲気だったし。それに教える義理はないからな」
するとユウキは憤然とした面持ちでポケモンコレクターから財布をぶんどった。
「な、何すんだよ!!」とポケモンコレクターは抵抗するが、ユウキは構わず財布の中に入っていた金の半分を抜き取る。
「バトルの賞金貰ってくぜ」
「な!?そんなの約束になかったじゃねえか!!」
ポケモンコレクターは喚く。
「は?そんなの暗黙の了解だろうが」
ユウキは呆れたように眉を寄せるだけだった。
ユウキは奪った金を無造作にズボンのポケットへ押し込む。
「あ、あとクチートの治療費も別に貰ってくから」
気がついたようにユウキはそう呟くと、財布からもう一枚紙幣を取り出した。
ポケモンコレクターは散々喚きいて悪態をつくが、ユウキは冷たくポケモンコレクターを一瞥する。
「あんたがクチートにやったことの仕返し」
しかしポケモンコレクターはユウキの言葉に反論する。
「俺だってクチートを早くゲットしたかったよ!!けどアイツにいくらボールを当ててもゲットできなかったんだ!!」
ユウキは「はあ?」と眉をひそめる。
「あんたの腕が悪いか、もしくはボールが壊れてたんだろ」
ユウキはそう彼の話を流すと、辺りを軽く見渡した。
ポケモンコレクターは、もう反論する気力もなくなってしまったのか、「本当なのに…」と小さく呟くだけだった。
するとユウキは徐にシャツの内側に潜っていたネックレスを取り出す。
そこには銀色の小さな笛が付いていた。
ユウキはそれを口に銜えると、腹から一気に息を吹き出した。
「――――――――…」
音は一切しない。
ポケモンコレクターは怪訝な顔付きでそれを見守る。
しばらくすると遠くの方から微かだがグラエナの声が聞こえた。
「そっちか」
ユウキはそう呟くと、声のした方へ駆けて行ってしまった。
一人残されたポケモンコレクターは只々その姿を見送る。
「あ、犬笛か…」
訳もなくポケモンコレクターはそう呟いた。


少し前を走る小さな姿をトワは必死に追いかける。
「待ってよ、クチート!」
しかしクチートはトワの声を背にしたまま走り続ける。しっかりとはわからないが、ユウキがいる場所からかなり離れてしまったような気がする。
早く戻らないとまたユウキに心配かけちゃう…!
しかし思ったよりクチートは素早くて捕まえることができない。
「ガゥッ!!」
背後からトワを呼ぶ声がして、トワは走りながら後ろへと顔を向けた。
「グラエナ!!」
8メートルほど後ろの方にグラエナが走って来るのが見えた。グラエナはその駿足でもって土を蹴り、あっと言う間にトワの隣まで駆け付けた。直ぐ様状況を理解したグラエナは、バッと力強く後ろ両足で地面を蹴り上げ一気にクチートとの距離を詰める。そして抱き上げるかのようにクチートを口で拾い上げた。トワは徐々にスピードを落とし、最終的にはその場で前屈みになって息を切らす。
「ありがとう、グラエナ」
肩を上下に揺らして乱れた呼吸を整えながら、トワは掠れた声でグラエナに礼を述べた。グラエナは尻尾を嬉しそうに振ってそれに応えながら、銜えていたクチートを地面へ下ろす。またどこかへ行かないよう直ぐ様トワはクチートを抱き上げる。
「もうッ、勝手にどこかへ行かないで!何かあったらどうするの?」
トワに怒られてクチートは項垂れる。だがそれでも、まるで先を急いているように頻りに辺りを気にしているのがわかった。
「何でいきなり走り出したりしたの?」
トワの問いにクチートは答える。何でも知り合いのトレーナーの声がしたのだとか。
トワはパッと表情を明るくさせた。
これでクチートは安心だと思ったのだ。
しかしトワの予想に反してクチートの表情は暗い。
「ユウキも言ってたけど、クチートは本来こんな場所にはいないんでしょ?もしかしてあなた野生のポケモンじゃないの?」
トワの質問にクチートはまた説明し出した。説明を聞いていくに連れてトワの表情が変化していく。
それには驚きと悲しみの色が浮んでいた。
「そっか…、病気のためとはいえ辛かったね…。でもクチートのトレーナーさんだって辛かったはずだよ?クチートも今は我慢しなくちゃ」
トワの声にクチートは小さく頷いた。しかしトワの胸に小さな疑問が残る。
(けど、クチートが言うその"博士"っていうのは、もしかして…)
すると突然、静かに立っていたグラエナが大声で遠吠えをし始めた。
「!?」
トワは慌ててグラエナに顔を向ける。するとグラエナは嬉しそうな顔をしてトワに近寄ってきた。
「えっ、ユウキが!?」
トワは心底驚く。
犬笛で連絡を取り合うなんて、さすがユウキだ。
「じゃあ、とにかくここで待ってればいいよね?」
トワはユウキがいるであろう方向へ目を向ける。
ユウキ怒ってるだろうな…。
会ったら一番で謝らなくちゃ。
「ちょっと、そこのあんた!!」
突然背後からかかった声に、トワは一瞬体を震わして振り返った。
(新しいトレーナー!?)
すると突然鼻面に向かって何かを突きつけられた。
反射的に体をこわばらせて目を閉じる。
しかし何も起きないのでトワはそ〜っと目を開けてみる。
すると目の前に棒の先端があった。
それはあのビリヤードに使われるキューのようで、それがピクリとも動かずにトワを見据えていた。
トワはそのまま身動きせずにキューの先へと視線を走らせる。
「そのクチートを返しやがれ」
立っていたのは白衣を着て帽子を被った青年だった。
「え、えっ…!?」
突然のことに言葉が詰まって出ない。
「ガゥッ!!」
するとグラエナが恐ろしい形相でトワと青年の間に割って入ってきた。
しわを中央に寄せて歯を剥き出しにし、低い唸り声を発している。
「グラエナ!」
「あんたポケモントレーナーだな!?」
グラエナの態度に青年はすっかりトワをトレーナーだと信じ込んでしまっているようだ。
「ち、違います!!私は…」
「クーチィ!」
しかし突然クチートが声をあげてトワの腕を飛び降り、青年に抱きついた。
トワと青年の緊張が一気に解ける。様子から見て、どうやら青年がクチートの知り合いのトレーナーらしい。
とにかくこれでクチートは一安心だ。
「よかったァ。あなたがクチートの知り合いのトレーナーさんだったんですね」
「…何でオレがこいつのトレーナーじゃないって…!?」
青年は目の色を変えてトワに尋ねる。キューは依然トワに向けたままだ。
トワはしまったと慌てて口を押さえるが今更の行動である。
「あんた一体誰?」
「あ、私は――――…」
トワが必死に答えようとした、その時!!
「トワ――――――ッ!!!!」
辺りに少年の声がこだました。




(3)へ続く⇒

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10:37
No.4-なぜここに?クチートで大騒ぎ!!(1)
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リトナシティに別れを告げたユウキ達は、次の街の『アサドタウン』に向けて603番道路を歩いていた。
もうかれこれ30分は歩いているだろうか。
道路はまるで岩壁に挟まれるかのように敷かれていて、そこから道端にかけて草むらが生い茂っている。
こんな田舎道だとはいえ、もちろんポケモントレーナーも待ち受けていた。
当然ユウキの敵ではないが。
「そろそろ足の裏が痛くなってきた…」
ユウキは少し疲れた顔で呟く。
「大丈夫?ちょっと休む?」
先を軽やかに進んでいたトワが振り返って心配そうに尋ねた。
「…もうちょっと頑張る」
記憶している限り、アサドタウンはもう少し先だ。
ユウキはグラエナに腰を押されながらトワの後に続く。
トワの紺色の長い髪がゆらゆら波打つのを何となく眺める。
「ん?」
ユウキはふと眉をひそめる。頭上をムックルの群れが騒がしく通りすぎて行ったからだ。
するとピクッとグラエナが反応した。グラエナがこうなると大体何かがある。
ユウキはトワに話しかけようとした。
しかし突然、歩いていたトワが走り出した。
しかも草むらの中に迷うことなく突っ込んで行ったのだ。
グラエナも構わず後に続く。
草むらには野生のポケモンが潜んでいるので、グラエナが側にいるとはいえポケモンを持たないトワには危険すぎる。
ユウキは驚いて飛び上がり、すぐにトワの後を追う。
「トワッ、危ないから戻れ!!」
しかしユウキの言葉も聞かずトワは更に奥へ進んでいく。
「大丈夫、みんな襲ってこないから!!」
みんな?
もしかして野生ポケモンのことか?
確かに、大分進んだのに野生ポケモンが1匹も襲ってこない。
ユウキは頭を捻る。
するとトワが地面にしゃがみ込んだ。
草むらの中にぴょこりと、紺色の頭が覗く。
「大変、ユウキっ!!」
トワの声に急いで駆け寄る。
「クチートだ…」
草むらの中に1匹のクチートが倒れていた。
どこもかしこも傷だらけで何だか呼吸も荒い。
ユウキは側に膝を折ると、急いで背負っていたリュックを荒らし始めた。
中から取り出したのはスプレー式のキズぐすり。
「ちょっと染みるけど我慢しろよ…」
そしてユウキがクチートに触れようとした次の瞬間。
『バチンッ!!』
「うわッ!!」
突然クチートの大きなツノが威嚇するように歯を鳴らした。
思わずユウキは尻餅を着く。
「傷を治すだけだって!!」
トワもクチートを優しくなだめる。
「ユウキに傷を治してもらおう。このままじゃ危ないよ」
トワの言葉に反応するように、クチートの目付きが少し和らぐ。だがユウキが触れようとするとまた威嚇する。
しかしユウキはもう怯まなかった。
「何もしない。ただ傷を治すだけだ」
臆しもせずに優しくクチートに触れる。
少しクチートの体が震えたが、もう抵抗はしてこなかった。
「良い子だ…」
そしてユウキはクチートの傷口にキズぐすりを吹きかけた。
傷に染みたのか、クチートは痛みに体を揺らす。
「少し我慢しろ…!!」
ユウキは両膝でクチートを挟み込んで動きを止める。
しばらくしてやっと治療が終わった。
キズぐすりが効いてきたようでクチートの傷もすっかり塞がった。
しかしクチートの息は今だ荒い。
「まだどこか怪我してるのか…?」
ユウキの呟きにトワが答える。
「何だかすごく熱がってるみたい」
その言葉にユウキはハッとなると、クチートを抱き上げた。
「やっぱり…」
ツノに隠れるように、クチートの背中には大きな火傷があった。
「火傷だ…」
そしてユウキは悔しそうに唸る。
「やべェ…。オレ、火傷なおしもチーゴの実も持ってない…」
クチートは鋼タイプのポケモンだ。鋼タイプは炎タイプに弱い。火傷は決定的打撃に違いないのだ。
「とにかく冷やさないと…」
ユウキはモンスターボールからユキメノコを繰り出した。
「ユキメノコ、れいとうビームで火傷を冷やしてくれ」
ユキメノコはすぐさま作業に取り掛かった。
れいとうビームで火傷の箇所を凍らせ、しばらくしてからユウキはその氷を砕き割る。
「助かったよ、ユキメノコ」
ユウキはユキメノコをボールに戻す。
その傍らクチートの荒い息が多少静まった。薄く目を開け、クチートはユウキを見つめる。
「応急処置をしただけだ。完全に治った訳じゃない」
そしてユウキはクチートを抱き抱えたまま立ち上がる。
散らかったリュックは地面に置きっぱなしだ。
「ユウキ!?」
「キズぐすりが後ひとつしかない。このままアサドタウンへ行こう」
しかしトワは思わず反論する。
「だめだよッ!!ここはまだ中間辺りなんでしょ!?移動してる間に体力もキズぐすりも尽きちゃうッ!!」
しかしユウキもいつもトワに接する時とは似ても似つかない態度で言い返す。
「じゃあどうしろってんだ!!リトナシティまで体力持つわけないし、かといってトワとクチートを置いてなんて…ッ!!」
いくらグラエナが強くても、一匹じゃ何かあっても太刀打ちできない!!
ユウキとトワの口論に思わずグラエナは動揺する。
それもそのはず、二人が口論になったのはこの時が初めてだった。
するとトワが突然黙り込んでしまった。何か悩むように苦悩の表情を浮かべる。
「とにかく、オレは何もしないで突っ立ってるなんてできないから…!!」
ユウキはバッと彼女に背を向けた。
「…ッ、待って!!!!」
トワは思わずその背中を呼び止めた。ユウキは少し眉をひそめた顔でトワを振り返る。
トワはまた少し躊躇するような表情を見せたが、決心したようにユウキを真っ直ぐ見据えた。
「必要なのは火傷なおし?」
トワの質問にユウキは少し動揺して答える。
「いや、チーゴの実でも平気だけど…」
その答えを聞くや否や、トワは更に草むらの奥へ歩き出した。
「お、おい、トワ!?」
何する気なんだ!?
ユウキはとてつもない不安に襲われた。
そしてトワは一瞬ユウキを振り返った。
「私が今からすること…、誰にも話さないでね」
すると、トワはピタリと足を止め顔をうつ向いた。まるで気持ちを落ち着かせているようだ。
ユウキは何が何だか分からず、ただ黙ってそれを見守る。
するとトワは深く息を吸い込み、そして一気に吐き出した。
「みんなっ!お願い、手を貸してッ!!!!」
予想外なトワの行動にユウキは固まる。
トワの声が辺りに反響し、ほんの少しの間静寂が訪れる。
しかし異変はすぐに起こった。
地面がいきなり地響きをたてはじめ、辺り全体が急に騒がしくなってきた。空には数えきれないほどの鳥ポケモンや虫ポケモンが飛来し、今まで何処にいたのかと思うほど大量のポケモン達が草むらから顔を出した。地面からはディグダやダグドリオまで顔を出す。
その大勢のポケモン達が、一斉にトワを取り囲むように集まってきたのだ。
その数は優に100匹は越えている。
ユウキはまるで夢でも見ているかのようだった。
トワは手慣れたようすでポケモン達に話しかける。
「誰か、火傷なおしかチーゴの実を持ってない?持ってたらお願い、私達に譲って。クチートが大変なの!」
すると数十匹のポケモンがトワに道具を差し出してきた。
信じられない光景だった。
ユウキは馬鹿丸出しの顔でそれを見つめる。
トワはある野生のマッスグマから火傷なおしを譲ってもらった。
幾度も感謝を述べるトワ。
そのトワにマッスグマは優しく鼻面を擦り寄せた。
野生のポケモンがなぜこんなに人間に親しくするのか。
常識では考えられない。
きっと、これはトワだからできることなのだ。
そうユウキは直感的に感じた。
「ユウキ!!」
トワが火傷なおしを持って戻ってきた。
トワが離れると、野生ポケモン達はすぐに解散してしまった。
ユウキはトワから火傷なおしを受け取ると、すぐさまクチートに使用した。
みるみる火傷が回復し、クチートは元気を取り戻した。
だがあまり本調子とは言えない。
「クチィ…」
クチートが感謝を述べるように小さく呟いた。
「とりあえず一安心だ…」
安堵の息を吐くユウキとトワ。
ふと二人の視線が合う。
あんな口論をした後なので何となく気まずい。
「…とりあえず先へ進もう…」
ユウキが何処となくトワに困ったような視線を送る。
「そうだね、アサドタウンの方が近いんだし…」
そしてクチートを抱いたユウキを先頭に一行は再び歩き出した。
とてつもなく気まずい。
でもトワに謝らないと…
ユウキは何ともバツの悪い顔でトワに話しかけた。
「…ト、トワ…?」
トワも気まずいのか、少し肩をすくめている。
「あ、あの…さっきはごめん。オレ、すぐ周りが見えなくなっちゃうから…」
ユウキのクチートを抱きしめる手に力が入る。
ユウキは必死にトワと仲直りするための言葉を探していた。
「トワだって心配して止めてくれたのに…、無視して結局助けられて…」
子供な頭ではここが限界だった。
「そんなことない」
トワは首を振ってそれを制した。
「私は始め、あれをユウキの前でやるつもりはなかったの。あんなことしちゃったら、ユウキだって私のことを変だって思うでしょ?」
ユウキは慌てたように頭を横に振って否定する。
トワは笑って先を続ける。
「でもユウキの姿を見てたら、自分の事ばかり考えてる自分が恥ずかしくなっちゃって…」
するとトワはうつ向いて黙り込んでしまった。
何か悩んでいるのは明白だ。
ユウキは静かに次の言葉を待つ。
そしてトワはゆっくり顔を上げた。その顔はとても深刻そうで、冗談を言えるようなものではなかった。
「あのね、私―――…」
「おいっ!!」
しかしトワの言葉は途中で掻き消されてしまった。
反射的に声のした方へ顔を向けるユウキとトワ。
そこには行く手を阻むように一人のポケモントレーナーが立っていた。
姿からしてポケモンコレクターだろう。
するとポケモンコレクターはいきなりケンカ腰にユウキ達を怒鳴りつけてきた。
「クチートを横取りしたの、お前らだったのか!!」
「…あんた誰?」
反射的にユウキは尋ねる。
トワもユウキほどではないが、少々訝し気にポケモンコレクターを見る。
「見てわかるだろ!ポケモンコレクターだよ!!」
そうでした、と二人は各々反応を示す。
「あんた、このクチートをどこで見つけたの?クチートは限られた岩山や洞窟にしかいないはずだろ?」
クチートはシンオウ地方のこうてつじまを始めとする限られた地域にしか生息していないポケモンだ。
こんな普通の草むらにいるわけがないのだ。
ポケモンコレクターの様子からだと、クチートが彼のポケモンである可能性は低い。
だとすると、彼は一体どこでどのようにクチートと出会ったのだろうか?
「ふん、お前なんかに教えてやる義理はないね」
ポケモンコレクターは鼻息を荒くしてユウキの質問を足蹴にした。
当然カチンと来るユウキ。
「いいから早くクチートを渡せよ!!せっかくあそこまでダメージ負わせたのに回復させやがって…」

ブチンッ

ユウキの堪忍袋の緒が切れた。
こいつ、どの口がそんなこと言えるんだ!?
クチートがどれだけ苦しんでたかも知らないくせに!!
「そんなにクチートが欲しいんなら、ポケモンバトルしようぜ」
ユウキは挑戦的にポケモンコレクターに投げかける。
だがその瞳は怒りに満ち溢れ、口元も笑ってはいるものの少々痙攣気味だった。
「あんたが勝ったらクチートを渡すよ。でも、オレが勝ったらオレの質問に何でも答えてもらうから」
当然ポケモンコレクターはこの挑戦を受けた。
「クチィッ」
クチートがユウキの服をギュッと握りしめてきた。
ユウキは応えるように、掌でクチートの頭を軽く叩く。
「安心しろ、クチート」
そしてユウキはトワに振り返ると、クチートをトワに預けた。トワが不安そうな表情を見せる。
「ユウキ…ッ」
ユウキはトワの耳元で囁く。
「危ないから離れてて」
ユウキの表情はいつもと同じ優しい笑みだったが、声は怒りを押し殺したように冷たかった。



(2)へ続く⇒

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10:36
no.3-バッジケースを取り戻せ!!リトナのいたずらリス-後編(3)
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ユウキは立ち上がると、つきあたりにあるドアノブに手をかける。凍っているのかと思うほど冷たかった。
開けようとそれを回すが、動かない。
鍵が掛ってる…
ユウキはふとグラエナに目線を移した。グラエナもユウキと目を合わせ、返答するようにひと鳴きしてみせる。
ユウキ達はこれだけで意思疎通完了だ。
ユウキは周りに合図を送り、グラエナ以外がドアから離れる。
「グラエナ、頼むぞ!!」
グラエナはドアから少し距離を取り、重心を低くした。
するとグラエナの体毛が金色の光と共に逆立った。
身体中のエネルギーが体外に一気に溢れ出ている感じだ。
そしてグラエナはグッと後ろへ踏み込むと、後ろ足を思い切り蹴りあげた。
凄まじいスピードでドアに突っ込んでいく。
これがグラエナの新しい最強技『ギガインパクト』だ。
ハマザの森で『よこどり』を拾ったので、良い機会だとグラエナの技を改良してみたのだ。
結果は予想以上に良さそうだ。
鉄製のドアは凄まじい音をたてて奥の方へと飛んでいった。
「ご苦労さん、グラエナ!」
ユウキの声にグラエナは嬉しそうに尻尾を振った。
通路に転がるひしゃげたドアを乗り越え、更に進んで行くと下へ伸びる階段があった。
グラエナを先頭にユウキ達はそれを降り、更に通路を突き進む。随分真っ直ぐ長い通路だ。
もう冷気も届かないので寒くない。
そのお陰で大分ユウキにも余裕が見えてきた。
ガブリアスが通れるか心配で、ユウキはガブリアスを振り返る。ギリギリながらもガブリアスは背を曲げずに歩いていた。
ガブリアスは普通のガブリアスと違って体が大きいので行動範囲が制限されることが多いのだが、さすが元工場だとユウキは感心する。
その肩にはイスミが力無い状態で担がれていた。
あの様子だとまだ気絶しているようだ。
そしてユウキは背中のトワに顔を向ける。
しっかり見ることはできないが、トワも同じようだ。
ユウキは先程から己の考えの無さに憤りを感じていた。
命に別状はないとはいえ、きっとトワは恐い思いをしただろう。
あの時、スカイ団とのバトルにちゃんと勝ってトワを取り返す事だってできたのだ。
でも、もしスカイ団が約束を破ったらと考えると、とにかくトワを取り返したかった。
あんな奴らがトワに触れていることさえ許せなかった。
でもその結果、彼女を思わぬ危険に巻き込んでしまったのだ。
(バカか、オレは…!!)
トワを守るとか言って、自分で危険な目に遭わせてどうするんだッ!!
その時、背中のトワが少し動いた。
「…う…ん…」
「トワ…っ!?」
ユウキは思わず歩みを止める。
「…あれ…?ここは…?」
まるで寝起きのような、歯切れの悪い声がユウキの首の方から漏れてきた。
「トワ、大丈夫か?」
ユウキは顔を横に向けてトワに話しかける。
一瞬ビクッとトワが体を震わせる。
そして自分の状況を理解したのか、トワの慌てた声がユウキの後ろから降ってきた。
「…ユ、ユウキ!?ごめんね、重たかったでしょ!?」
「別に平気だよ」
ユウキは笑いを押し殺しながら、しゃがみ込んでトワを静かに床に下ろす。
案の定トワの顔はりんごのように真っ赤だった。
グラエナとユキメノコがトワに寄り添ってきた。
ガブリアスも心配するようにトワに顔を寄せる。
「大丈夫だよ、心配かけてごめんね」
トワは各々の頭を優しく撫でる。ガブリアスに至っては、肩に乗ったイスミに多少驚いていた。
「私、気絶してたの?」
トワは以前と違う周りの様子を見ながらユウキに尋ねる。
「うん、そう。…大丈夫?」
ユウキは申し訳なさそうに眉をしかめる。
「その…でっかいたんこぶ出来てたから…」
トワは急いで自分の後頭部に手を回す。
すぐに大きなこぶを発見した。
そして恥ずかしくなる。
「は、恥ずかしい…。こんな大きなたんこぶ作っちゃうなんてッ!!鈍くさいにもほどがあるなぁ…」
トワは呆れて自笑する。グラエナ達も一緒になって笑うがユウキだけは笑わなかった。
トワは思わず心配になる。
「ユウキ…?」
「…ごめん、トワ!!」
噛み殺すような声で吐き出すと、ユウキはトワに頭を下げた。
「えっ?」
何だか分からずトワは困惑する。
そして嫌な予感がよぎった。
トワは助けを求めるようにグラエナを見やる。
グラエナは何も答えず、ただユウキの話を聞けと言っただけだった。(他から見れば、グラエナは少し声を漏らしただけにすぎない)
ユウキはうつ向いたまま続ける。
「オレ、トワのこと守るって言ったのに、逆にオレがトワを危険な目に遭わせちゃって…。もっと、オレがしっかりしてれば…」
ああ、そういうことか…
トワの口から思わず笑いが溢れてしまった。
それに反応するようにユウキが顔を上げた。
ユウキはなぜトワが笑うのか分からず、ただ少し頬を膨らませて睨んでいる。
「ごめんね、違うんだよ」
トワは少し涙の出た目を擦りながらユウキを見る。
「一緒に旅するのをやめようって言われるのかと思って…」
その言葉にユウキは血相を変える。
「んなこと言う訳ないだろ!!何でそんなこと…!?」
「ほら、大事なバッジケースが盗まれちゃったりとかしたでしょ…?だから…」
するとユウキがコツンとトワの頭を小突いた。
「考えすぎ!!」
トワは思わず肩をすくめた。
ユウキは額に手を添え、安堵するように深く息を吐く。その口から小さく、「焦ったァ…」という言葉が漏れたことをトワは聞き逃さなかった。
トワはまた笑うと、お返しと言わんばかりにユウキの頭を小突いた。
今度はユウキが驚いて肩をすくめた。小突かれた所を擦りながら、バツの悪そうな顔でトワを見る。
「ユウキも考えすぎ」
トワは微笑む。
「結果がどうあれ、ユウキが私を守ろうとして行動してくれた事に変わりはないよ。それに私こんなにピンピンだし!!」
トワはユウキの前で力こぶを作ってみせる。服のせいで本当に力こぶが出来たのかは分からないが。
「私だって自分の身は自分で守るよ!!確かにポケモン持ってないし、ユウキみたいに強くもないし…。…実際スカイ団に捕まっちゃったけど…」
だんだんとトワの腕は下がり、最終的に膝の上に修まる。
「だけどっ…、私達仲間でしょう?」
だがトワの必死さは目を見るだけで伝わってきた。
「ユウキだけが抱えることじゃない。もっと私にも言って!私だって、ユウキに助けられてばかりじゃ嫌だよ…!!」
「トワ…」
ユウキは何か言おうと言葉を探す。
そんなことない。
オレの方がもっと助けられてる。
しかし口がうまく開かない。
「ありがとう…」
結局、ユウキはやっと絞り出したその言葉に全てを込めた。


トワも回復し、一行はまた歩き出した。
しかししばらく行った所の角を曲がると別れ道になってしまった。
「どうしよっか」
ユウキはみんなを振り返る。
出入り口までの道なんてここからではわからない。
ヒントになりそうな匂いもあるはずがない。
途方に暮れるユウキ達。
その時、トワが何かを発見した。
「見て見て、ユウキ!!」
ユウキはトワの隣に駆け寄る。トワは自分の足元を指差してはしゃいでいた。
「これ、出口までの道しるべじゃないかな?」
床にはこう書いてあった。

15m先を右折!!
出口までもう少し!!⇒

(だったら壁に案内図書けよ!!!!)
「親切な所だねぇ」
ただトワだけがこの矢印の好意を素直に受け止めていた。


「シュウさ――ん!!」
シュウとツマブキ、そしてパチリスはその声に振り向いた。
今しがたやっと廃屋から抜け出してきたところだった。
「遅すぎだ―――っ!!!!」
シュウはまだ豆粒のような人影に向かって有らん限りの声で叫ぶ。
ツマブキは逃げようと試みるが、パチリスのでんきショックで怯んでしまった。
「ユウキ…」
シュウは心配そうに廃屋に目をやる。
氷が溶け始めているのか、何だか建物全体が不安定だ。
「シュウさんっ!!」
やっとリトナジムのトレーナー達が到着した。
「こいつ逃がさないようにしとけ!!」
シュウは痺れているツマブキをトレーナー達の方へ放り投げると、廃屋へ走り出した。
建物がグラついてきた。
シュウは思わず足をすくめる。
その時、出口に5つの影が現れた。
シュウは再び駆け出す。
「ヤバイ、建物が崩れるぞ!!」
影のひとつが叫ぶ。
影の正体はユウキ達だった。
「ユウキっ!!」
シュウはユウキ達に駆け寄る。
「シュウッ!!」
「シュウさん!!」
ユウキとトワも幾日ぶりのように感じるシュウの姿を見て、嬉しそうに叫ぶ。
「早く離れるんだっ!!」
ユウキ達が廃屋から抜け出し、十数メートル走った所で建物が音をたてて崩れた。
大量の砂埃が舞い上がる。
ユウキ達は歩みを止め、その光景を呆然と見守っていた。
すると、突然シュウがユウキの首に腕を絡ませてきた。
「危なかったな、ユウキ!!一体トワちゃんと何してたんだよ?」
「何もしてねェよ!!色々大変だったんだって!!」
そしてシュウはトワの頭にも手を乗せる。
「トワちゃんもコイツの世話大変だったろ?お疲れさん」
「なんだと―――ッ!?」
二人の様子をグラエナ達と楽しそうに眺めるトワ。
みんな無事なようで、とりあえず一安心だ。
「イスミっ!!」
しかし一人だけ緊迫した声をあげる人物がいた。
ツマブキだ。
トレーナー達に腕を組まれて身動きが取れないらしい。必死に抵抗しながらイスミの名前を叫んでいる。
そのイスミはというと、今だあの状態でガブリアスの肩に乗っていた。
「そいつ大丈夫なのか?」
心配になってシュウはユウキに尋ねる。
「大丈夫だよ。息してるし」
ユウキは様子を窺うようにイスミを覗き込んだ。
しかし次の瞬間!!
「うわッ!!」
「きゃあッ」
突然イスミの体が動き、次には煙幕が辺りに立ち込めた。
白くて何も見えない。
「イスミ!!」
「何をしているんですか、ツマブキ!早くズラかりますよ!!」
煙が晴れた頃には二人の姿はどこにもなかった。


「なんだ、もう行くのか?」
「ああ、先急いでるからな」
一日シュウの所で世話になったユウキ達はもう出発の準備をしていた。
結局スカイ団は見つからず、駆け付けてくれたジョーイさんもお手上げだった。
「シュウさん、パチリスをお願いしますね」
トワはすがり付くパチリスを撫でながらシュウに目を向ける。
「そんなに行きたがってるんだ。トワちゃんのポケモンにしてやればいいのに…」
しかしトワは寂しそうに首を振るだけだった。
シュウはそっとパチリスを抱きあげる。
「トワちゃんも色々あるんだ。ここは我慢しようぜ」
トワが優しくパチリスの頭を撫でる。
「パチリスが良い子にしてればまた会いに来るから」
パチリスは今にも泣きそうな顔で小さく頷いた。
ふとシュウがトワの耳元に顔を寄せてきた。
何事かと驚くトワ。
「どうかご無事で、瑠璃巫姫様」
小さく聞こえてきたその言葉にトワは度胆を抜き、シュウを驚嘆の顔で見つめる。
「スカイ団から少々。きっと何か深い事情があるのかもしれませんが、無理はなさらないでください。何かあったら、いつでもオレが相談に乗りますから…」
そしてシュウは悪戯に微笑み、唇の前に人差し指を立てた。
「二人だけの秘密ですよ。もちろんユウキにも」
「シュウさん…ッ」
トワは思わずシュウの胸へ飛込み、小さいが何度も感謝の気持ちを述べた。
「シュウッ!!トワに何してるんだよ!!」
「秘密〜。ね、トワちゃん?」

「お世話になりました!!」
ユウキ達はジムの前に並ぶシュウ達に頭を下げた。
するとシュウがユウキを引っ張り、こそっと耳打ちする。
「これから大変だと思うけど、お前だけはトワちゃんを最後まで信じ抜いてやれ」
シュウはとても真剣な表情だった。ユウキはシュウに力強く頷き、ニッと笑ってみせた。
「当然!!」
そしてユウキはトワ達の元へ駆け寄ると、再び振り返りシュウ達に手を振った。
「じゃ、またなー!!」
「おう!!」
シュウは小さくなるその影をいつまでも見つめていた。
「何の話しだったの?」
「いや、何でも」
リトナシティに別れを告げ、ユウキとトワの目指す次の街はアサドタウン!!




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10:36
no.3-バッジケースを取り戻せ!!リトナのいたずらリス-後編(2)
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「ウソッキー、何をしているんだ!!」
ガブリアスの迫力に怯んでしまったウソッキーをイスミは一喝する。その隙にユウキはトワに気をつけるように合図を送る。
「パチリス、ここから出来るだけ離れろ!!」
すぐそこにいたパチリスに、ユウキはイスミに聞こえないような声で囁く。
パチリスは野生の勘からか直ぐ様その場から一目散に逃げ出した。
そしてグラエナを急いでボールに戻す。
やっとウソッキーが立ち直ったが、もう遅かった。
「ガブリアス、じしん!!」
ガブリアスはその巨体からは考えられないほど大きく跳躍すると、地面に全体重と重力の力をプラスさせて地響きを起こした。
地面が大きく揺れる。先程のガブリアスの尻尾の時とは比べ物にならない。
ユウキのサインのお陰で、トワは多少危険を避けることができた。が、強烈な揺れのせいで建物自体が崩壊しそうな勢いだ。しばらくして揺れは収まった。
「岩タイプが物理技に強いのをお忘れですか?」
イスミは揺れで乱れに乱れた髪をたくし上げる。
ウソッキーにあまりダメージはないようだ。
「そういえば、ここって製鉄工場だったんだぜ」
「は?」
突然のユウキの言葉にイスミは思わず聞き返す。
「鉄を冷ますのに当然水がいるよな?」
そしてユウキはふと天井にひとさし指を向けた。
すると上からポトッと水滴が数粒落ちてきた。
トワはユウキの指の指す方向に目を向ける。
「あっ!!」
トワの声にイスミも顔を向ける。そしてギョッと目を見開いた。
その視線の先…天井に大きなタンクが埋まるようにして設置されていた。それに大きくひびが入り、今にもタンクを破って中の大量の水が流れ出そうだ。
「ちょっと待ってください」
イスミは慌てて制止の声をあげる。
「あれを破ってしまったら、私のウソッキーどころかあなたのガブリアスも致命傷になりますよ!!」
そしてトワをぐいっと引っ張り出してきた。
「それに彼女はどうするつもり――…」
しかしユウキはそれを最後まで聞かず、むしろそれを遮った。
「わかってる?トワとオレは出会って2、3日の仲だぞ?」
嘘っぱちだとはいえ、かなり気分が悪い。
イスミは完全にユウキの罠にはまっている。
「なっ、もしや見捨てる気ですか!?」
絶対泣き出しそうな顔をしているんだろうなと思いつつも、ユウキはトワをチラッと見た。
しかし、対照的にトワの顔はしっかりとした目でユウキを見つめ返していた。
「トワ…?」
自分にしか聞こえないくらいの小さな声でユウキは呟く。
トワはゆっくり、そして確かにユウキに頷いて見せた。
ユウキから見たトワはいつでも普通の女の子だった。
こんな危険な状況で、もしかしたら裏切られるかもしれないのに…。
トワはユウキを信じている。トワの目がそう言っていた。
『何か不思議な子だよな』
脳裏にシュウの言葉が蘇る。
確かに普通の女の子じゃないよな。
ユウキも強い視線でトワに小さく頷き返した。
「それにガブリアスは地面タイプだけど、ドラゴンが入ってるから平気なんだよ〜」
ユウキは挑戦的にそう言ってみせると、床を右足で一発踏み鳴らした。
それがきっかけとなり、タンクのひびが一気に裂け、中の大量の水が勢い良く流れ落ちてきた。
凄まじい轟音が悲鳴を掻き消す。
そして大きな滝が叩きつけられるように床にぶち当たると、弾けるように四方八方に鉄砲水のように飛び散った。
凄まじい水流に翻弄されるユウキ。まるで渦潮に巻き込まれたようだ。
しかし直ぐ様ガブリアスが水中からユウキを引っ張り上げ、自分の背中にユウキを乗せて水面に出した。
手近にあった手摺の棒に捕まる。これは上に付いていた渡り廊下の手摺だ。
激しく咳き込むユウキ。
しかしそんな事をしている暇もない。
早くトワを助けないと!!!!
「ガブリアス、トワを!!」
ガブリアスはまるで潜水艦のように体を畳むと、イルカのように体をしならせて再び渦巻く水中に身を投じた。
流れが激しくて体が水に持っていかれそうだ。
ユウキは必死に手摺に抱きつき、何とか上半身だけ這い出る。が、それ以上の力が出ない。
(ヤバイ…)
内心で呟き、顔を歪める。
するとベルトについていたモンスターボールが光り、中からグラエナとユキメノコが飛び出してきた。
そして廊下の上からユウキを引っ張る。
「グラエナ、ユキメノコ!!」
2匹のお陰でやっと手摺を越えてユウキは廊下に乗り上げた。
「ありがとう、助かったよ」
そしてユウキは乱れる息の中、フラフラの体を無理矢理起こして渦巻く水面に目を凝らす。
トワは――…!?
白い水しぶきが荒れ立つ水面に黒色の陰を必死に探す。
どこだ、どこだ、どこだ!?
そして5mプールのように水が張られた部屋の隅から、ザバッと水面を割って黒い物体が現れた。その上には紺色の長い髪の女の子がぐったりとした様子で乗っかっている。
「トワ!!!!」
ユウキは有らん限りのかすれた声で彼女の名を叫ぶ。
ガブリアスはトワを落とさないように慎重にユウキ達の元へ近づいていく。
「トワっ…!!」
ユウキは急いでガブリアスの背からトワを下ろすと、床に横たわらせた。
ユウキもそうだが、トワも全身びしょ濡れで濡れた髪が頬に張り付き、服も体にベタリと張り付いて彼女の体のラインをハッキリと映し出していた。
いつものユウキならきっと、もっとじっくり見ていたいと思うだろうが今はそんな余裕はない。
「トワ、トワ!!」
トワの頬をピタピタと叩きながらユウキは必死に彼女の名を呼ぶ。
しかし反応がない。
ユウキはとっさにトワの胸に耳を押しつける。
柔らかく弾力に満ちた少し遠慮しがちな山が2つ押し返してくるのがわかったが、今は気にしていられない。
心臓の鼓動も呼吸も聞こえる。。気を失っているだけのようだ。
水流で壁に強く叩き付けられたのだろう。後頭部に大きなたんこぶらしきものがあったが、他に外傷らしきものはどこにもない。
(良かった――…)
一気に安堵の念が胸に押し寄せる。
しかしうかうかしていられない。
こんなボロっちい建物なんてすぐ崩壊してしまう。
早く流れ出る水を止めなくては!!
ガブリアスがイスミをユウキの隣に投げ入れた。
意識はないようだが、激しく咳き込んでいる。これなら問題はない。当然ウソッキーは戦闘不能だ。
「ガブリアス、早く水から出るんだ!!ユキメノコ、れいとうビームで水を凍らせろ!!水がシュウ達を襲ったら大変だ!!」
「ユキッ!!」
ガブリアスが水から上がったのを見計らって、ユキメノコは全身全霊をかけたれいとうビームをもはやプールとも呼べる代物に勢いよく放った。
凄まじいスピードで水がどんどん凍っていき、それと共に辺りの温度も下がっていく。
そしてプールは完璧にスケートリングへと姿を変えた。
これでシュウ達が水に襲われることも、建物が水流で崩壊する心配もなくなった。
しかし、出来上がったスケートリングと濡れた服のせいでとにかく寒い。
このままでは凍え死んでしまう。
早くここから出ないと!!
ユウキは戦闘不能になっているウソッキーを勝手にイスミのボールに戻した。
そして今だ意識の醒めないトワを担ぎ上げる。
しかし大の大人のイスミを担ぐことは不可能なので、そちらはガブリアスに任せることにした。
「よし、ここから出るぞッ!!」


ツマブキを倒して一息も束の間、今度はユウキ達が出ていった扉から大量の水が勢い良く飛び出してきた。
「なんだこりゃ――っ!!」
シュウとツマブキは同時に絶叫する。しかしシュウは直ぐ様トドゼルガのれいとうビームでそれを凍らせた。
3mを超す白いかぎ爪が目の前で急停止した。
「な、なんだったんだ…?」
ツマブキは疑心したようすで呟く。
「ユウキが何かやったな」
肩にパチリスを乗せてシュウは唸った。
このパチリスが独りで帰ってきたのはつい先ほどのことだ。
それからすぐ、激しい揺れが襲ってきた。
多分あの揺れはじしんだ。
ユウキはじしんを起こすために地面タイプが弱点のパチリスを逃がしたわけか。
そしてその後大量の水が流れてきたってことは、これもそのじしんが何らかの原因ってことだな…。
シュウは素早く脳内に推理を展開させる。
とにかく今はユウキと合流したいところだが、ユウキの所へ行くにはこの凍ってしまった通路を通らなければならない。
かなりの時間と手間がかかる。
しかも、もしユウキ達のいる所に別の道があるとしたら、水もしくは氷で一杯の場所からまず脱出しているだろう。
なかったとしてもユウキのことだ。必ず何か策を練って脱出するはずである。
そう考えれば、今はここから脱出するのが良策か…。
シュウはトドゼルガをボールに戻した。
「よし、ここから出るぞ!!」
しかし食い付いてきたのはパチリスではなくツマブキだった。
「お、おい、いいのかよ、置き去りにしちまって!?」
一瞬答えに迷ったが、相手は戦うポケモンもいない丸腰状態なので、シュウは話しに付き合ってやることにした。
「ユウキを信じてるからな。お前こそ連れを助けに行かなくていいのかよ?」
「あいつなら平気だ。俺ら悪運だけは強いからな!!」
そしてツマブキは威張るように背筋を伸ばした。
威張れることかよ…。
「だったらいいじゃねぇか。まあ、助けに行くってなら止めはしねぇけど」
「これでどうやって行けっつんだよっ」
ツマブキは凍ってしまった通路を指さしてわめいたが、結局助けに行くのは諦めているらしかった。
「そうじゃなくてだな!!俺が言いてぇのは、あんなボウズに大事な瑠璃巫姫を任せちまって大丈夫なのかってことだよ!!」
「あいつを誰だと思ってやがる。最年少ミハラ地方殿堂入りを果たした天才少年ユウキだぞ?平気に決まってんだろ!!」

…え?

二人は互いの顔を見合わせる。
瑠璃巫姫…?
最年少殿堂入り天才少年…?
互いに違和感を感じ、しばらく沈黙が降りる。
しかし次には、声にならない叫びが部屋にこだました。
「る、瑠璃巫姫!?…って、あの…っ!?」
ツマブキは今気づいたのか、今更慌てて顔の前でぶんぶんと手を振る。
「い、いや、そうじゃなくて!!あ〜も〜っ!!わ、忘れろ!!俺が言ったこと忘れろっ!!」
またイスミに怒られる〜っ!!
ツマブキは頭を抱えて悶絶する。
こいつ、スカイ団のくせに嘘下手だな〜。
シュウは何だかこのスカイ団を恨めなくなってきた。
しかしすぐにツマブキもシュウに質問責めを咬ます。
「それより、あのクソガキが天才少年ユウキって本当なのかよ…!?」
「お前らが奪ったバッジケース、あれはユウキのだ。中身見てないのか?」
「拝んだに決まってんだろ!!」
そしてツマブキはぶつぶつ独り言を言い出す。
だからあんなに強かったのかとか、じゃあイスミ勝ち目なくねとか聞こえてきた。
しかしそれよりも問題はトワのほうだ。
まさか、トワちゃんが瑠璃巫姫だなんて…。
驚愕する中、シュウはその事実をすんなり受け止められた。
だからこいつらスカイ団はトワちゃんを追ってたのか。
これでシュウの勘は正しかったと証明された。
しかし、なぜ瑠璃巫姫がこんな所にいるのだろうか?
瑠璃巫姫とはポケモンと言葉を交すことができる唯一無二の存在だ。だからポケモントレーナーにとって常に憧れであったし、古から神聖な存在として人々から崇められてきた。
そのせいか、瑠璃巫姫が住まいの『紺碧の神殿』から外へ出ることは決して許されない。巫姫がいなくなれば、それは大ニュースとなって世界中に知れわたるはずだ。
しかし実際、そんな出来事なんて煙すらたっていない。だが、事実瑠璃巫姫はユウキと一緒にいる。
瑠璃巫姫が一体何の為に…。
そして、なぜスカイ団がそのことを知っているのだろう。
そして何の為に…?
(ユウキに話すか…?)
しかし、ユウキと楽しそうに話しをするトワの姿を思い出した。
瑠璃巫姫が普段どのような生活をしているかはわからない。
だがトワが瑠璃巫姫に戻れば、二度とユウキに会うことはできないだろう。
ふとツマブキが視界に入った。
必死な形相でシュウに懇願している。
(…)
シュウは呆れた様子でツマブキに背を向けた。


(3)へ続く⇒

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