10/09の日記

08:45
No.5-ポケモンの権威、オーキド博士(1)
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「はァ!?」
ユウキは素頓狂な声をあげた。とにかくユウキには状況が全く掴めなかったのだ。
クチートが突然苦しみだして、トワがバトルを止めに入ったまではいい。けれど今ゴールドとトワが話していた内容はサッパリだ。
「そ、そりゃクチートのためなら別にいいけど…。ってか、病気の症状って一体何の話…!?」
ユウキは混乱する頭を必死に落ち着かせる。
「クソガキは知らねェのか…?」
ゴールドも少し混乱したように呟く。そして再びトワへ顔を向けた。
「あんた、本当に何者なんだ…?」
ゴールドの問いにトワは思わず言葉を詰まらせる。
ユウキはとっさに助けに入ろうとしたが、グラエナに服の裾を引っ張られて止められた。
するとゴールドは手を伸ばし、トワに抱かれているクチートの頭を撫でた。
「コイツは人のポケモンだし寂しがりやだから、俺が触らせてくれるまで結構かかった。なのに、出会ったばかりのあんたにはこんなに気を許してる」
そしてゴールドはトワへ笑いかけた。あの嫌味な笑いではなく、気さくで温かな笑み。
「きっとあんたが、かなりのべっぴんだからかな?」
ゴールドの言葉にトワは拍子を抜かす。ユウキが怒って喚くが、ゴールドは気にも止めない。むしろ愉快そうに大声で笑う。
しかしすぐに真剣な顔付きになってトワに念を押した。
「いいか、今はお嬢ちゃんにクチートを預ける。けど完全に信じたわけじゃない。話は後でじっくり聞かせてもらうからな!!」
ゴールドはニョロトノにトワの側にいろと言い残すと、ユウキの方へ歩み寄り、彼の襟首を掴んだ。
「お嬢ちゃんはそこで待ってな」
「ちょ、ちょっと待てよ!!」
ユウキは抵抗するが、ゴールドは構わずユウキをズルズルと引きずっていく。
「ちゃんと説明しろって!!オレ何が何だか…!!」
「俺がわかりやすく説明してやるよ」
「あんただけの説明じゃ文法メチャクチャで絶対わかんないに決まってる!!」
だが言ってる間にユウキはどんどんトワから離されていく。
「ガブリアスもトワの側にいろ〜」
そうガブリアスに言い残して、ユウキとゴールドは草むらの中へと消えていった。



「出てこい、俺の相棒達!!」
ゴールドは手持ちのモンスターボールを一気に投げた。
中から出てきたのはバクフーン、ウソッキー、エテボース、キマワリ。
どれもこれもしっかりと育てられているし、特にバクフーンにはさすがのユウキも驚いた。
「オーキド博士を見つけたら俺のところまで連れてこい!!」
そう言うとポケモン達は各々の方角へ散っていった。
続くようにユウキも手持ちを外へ出す。ユキメノコが華麗に姿を現した。
「…手持ちそんだけ?」
思わずゴールドはユウキへ尋ねた。ユウキはムッとしてゴールドに言い返す。
「すいませんね、数より質を重視するタイプなんで!!」
しかしゴールドはユウキもほったらかしでグラエナとユキメノコをじっくり観察する。
「ってかグラエナってお嬢ちゃんのポケモンじゃなかったんだ」
「トワはポケモントレーナーじゃねェもん。ポケモン持ってないよ」
するとユウキの答えにゴールドは驚いたような声をあげる。
「マジ!?じゃあ一体何者なんだ、あのお嬢ちゃん!!」
それはユウキだって知りたい。けれどトワは話したがらないし、無理に聞く必要もないことだ。
(こいつは後でじっくり話してもらうなんて言ってたけど、トワは話す気でいるのかなァ…)
ユウキはふとトワのことを考える。だがハッとなってその雑念を振り払った。
「なァ、とにかくオーキド博士探すんだろ?手がかりになるような物ないの?」
ユウキの質問にゴールドは少し考え込む。だが何かを思い出したのか「確かここに博士のあれが〜」と白衣のポケットを探し始めた。
するとそれを見つけたのか、何かを握った拳がポケットから顔を出した。ゴールドはそれを広げてみせる。
その手には一枚の少し大きめなトランクスがはためいていた。抹茶色の生地に黒の矢柄が渋い。
ユウキとグラエナとユキメノコは思わず固まる。
「オーキド博士のトランクス!!これ使ってグラエナで匂い探せないか?」
ゴールドは楽しそうに提案するが、何の返事も返ってこない。
すると次の瞬間!!

『ガブッ!!』

グラエナがゴールドの腕に思いきり噛みついた。
続くようにユキメノコのあられが容赦なくゴールドを襲う。
ゴールドの悲鳴が辺りに響き渡った。


「ハンカチがあるなら先に出せよ」
ユウキは再び何度目になるかわからないため息を吐き出した。
「洗濯したやつが紛れてただけだよ!!ったく、ちょっとしたジョークだってのに…」
ゴールドはグラエナに噛みつかれた腕に息を吹きかけながらユウキに喚く。
「ま、何はともあれご愁傷さま」
ユウキはゴールドを鼻で笑いながら、先を歩くグラエナの後へ続く。もう随分とトワ達から離れてしまったような気がする。
「…で、早く話せよ。クチートのこと」
ユウキは隣を歩くゴールドへ投げ掛ける。
ゴールドはしばらく考えているようだったが、深く息を吐き出すと真剣な表情でユウキに問いかけてきた。
「お前…『ポケイル』って知ってっか…?」
一瞬、ユウキの体が固まる。
「…知ってる」
ユウキは暗い表情でゴールドに言い返した。

『ポケイル』
ポケモンイルナスの略語。ポケモンがかかる病気のひとつで、現時点では治療法が見つかっていない不治の病である。末期には体の至る所を激痛が襲い、最終的に命を落とす。

「もしかして…、ポケイルなのか?クチート…」
ユウキの呟きにゴールドは険しい表情で彼を見つめ返す。
「クチートに近づきたくなくなったか?」
「まさかッ」
ゴールドの囁きをユウキは鼻で笑う。
「あいにくポケイルに関しては相当嫌な思い出があるからな。ポケイルだからってくだらない差別をしたりなんかしねェよ」
そう毒突くユウキの表情は、どこか深い悲しみを帯びているようだった。
「…何かあったのか…?」
ゴールドのやけに心配そうな顔に、ユウキは思わず小さく吹き出した。その反応にゴールドは憤然とした面持ちでユウキを睨む。
「いいんだよ、オレのことは。もうとっくに過ぎ去ったことだ」
そう言うとユウキはゴールドに話を進めるよう促した。
ゴールドはユウキのことがどうも引っ掛かったが、ユウキがああ言っているのだから仕様がない。彼の話には触れず、言う通り自分の話を進めることにした。
「空気感染じゃないことはオーキド博士達の研究からわかってる。きっと遺伝的なものなんじゃないかって予想も立ってる。けどそれを立証させるための証拠がねぇし、それ以上のこともわかってねぇ」
ゴールドは辛そうに顔を歪める。
「何せ原因が不明なんだ。ポケイルにかかったポケモンは人、ポケモンに関わらず差別に遭うことがある」
ユウキはギュッと拳を握りしめ、唇を噛みしめた。幼い頃の苦しい記憶が在り在りと思い出される。
「それを心配してクチートのトレーナーは内密にあいつの治療を申し込んだんだ」
「な…!それじゃ、そいつは自分の保身のためにクチートをあんたらに押し付けたってのかよ!!」
それを聞いたユウキは思わずゴールドに向かって声を荒げる。
「違うっ!!」
しかしゴールドは大声でそれを否定した。
二人の声に驚いて、グラエナとユキメノコが心配するようにユウキへ駆け寄ってきた。
グラエナがユウキに擦り寄る。ユウキは複雑な表情でグラエナの頭を優しく撫でた。
「世の中の、そして何よりもクチートのためだ。世間に新たな知識を浸透させるには何よりもまず時間がかかる。それに今の状況でクチートを公にするのは世間を混乱させかねないし、クチートだって変な奴らに殺されちまうかもしれないだろ?安全で、しかも最新の医療技術を受けられるオーキド博士の元にいるのが一番良い。いくら寂しくても、クチートのことを思えばこそだ」
ゴールドは静かにユウキへと言い聞かせる。ユウキはただ黙ってそれを聞いていた。
「ポケイルも完全とは言えないが延命の薬も完成してるし、そのお陰でクチートはだいぶポケイルの進行を防げてた。けど…」
先ほどのクチートの様子を思い出したのか、ゴールドは悔しそうに歯ぎしりする。
「逃げ出す前はもっと元気だったはずなのに…」
そのゴールドの呟きにユウキはハッと表情を変える。
もしかして…
「もしかして、あれのせいで病状が悪化しちまったのかもしれない…」
「な、何のことだ!!」
ユウキの呟きにゴールドは必死な形相で食いつく。
ユウキはゴールドを落ち着かせると、今までのことを説明した。
どういう風にクチートに会ったのか、その時のクチートの状況や、その後のポケモンコレクターとのバトルのこと。
トワの不思議な行動を上手く誤魔化しつつ、ユウキはゴールドに自分の知る全てを話した。
けれどやはりゴールドはトワのことについてかなり深く突っ込んできたので、ユウキは知らない振りをして何とかその場をやり過ごした。
「それでこれ、悪いことした詫びにポケモンコレクターがクチートの治療代にって…」
ユウキはポケットから紙幣を一枚取り出してゴールドへ差し出した。
(あのポケモンコレクターまで良い人にしちまうなんて、我ながら涙が出そうだ)
しかしゴールドはそれを受け取らずにユウキへ押し返してきた。ユウキは驚いた顔をゴールドへ向ける。
「そんな端金じゃ埋め合わせにもなんねぇよ。それはお前がもらっとけ。クチートを助けてくれた礼と、お前に馬鹿なことしちまった俺からの詫びだ」
ユウキは握られた紙幣を眺めながら黙り込む。
確かにこんな金をもらったところで、クチートの高額な治療費の足しになるはずもない。それに余計クチートが惨めになるだけだ。
「そ、そうか。じゃあ、もらっとく…」
ユウキはそう呟いたきり、もう何も話す気になれなかった。嵐のような激しい自己嫌悪の渦に巻き込まれていたからだ。
それを知ってか知らずか、ゴールドはあえて明るく振る舞うと足の止まっていた一行を促す。
何とも重たい空気が流れるが、それを破るようにゴールドが口を開いた。
「…色々助けてくれてサンキューな、ユウキ」
その呟きに、ユウキは驚いたような顔をゴールドへ向けた。
「な、なんだよ!?」とゴールドは頬を染めてユウキを睨む。
「や、突然そんなこと言うから驚いて…」
「う、うるせえ!!」
そう言うとゴールドは顔をユウキから反らしてしまった。だが真っ赤な耳が丸見えで、ユウキは思わず笑いが込み上げてきた。
「…ユウキ」
ふとゴールドが顔を向けて小さく囁く。「なに?」とユウキはゴールドへ顔を向ける。
「お前、本当にお嬢ちゃんが何か不思議なことしてるの見たことねえのか?」
ユウキの心臓が大きく跳ねた。だがユウキは必死に平生を取り繕う。
「だ、だからさっき説明したろ?別に、トワは不思議なことなんかやってないし…」
しかし馴れない嘘などつくものではない。
必死にさっきと同じように演じたつもりだったが、どうやら二度目は通用しなかったようだ。
「お前、嘘つくの下手だろ。すげぇ吃ってるぜ?」
ゴールドの言葉にユウキは思わず顔を赤くして怒る。しかし怒ってしまったことが逆に、嘘をついていたことの決定版になってしまった。
どうすればいいか、ユウキは混乱する頭で必死に考える。
トワはあまり自分のことを話したがらない。だったらそれを尊重して何も話さずにいるのが一番いいだろう。
だがゴールドにだったら、ユウキがトワに対して不思議に思っていることを話してもいいんじゃないかという気にもなってくる。
ゴールドはユウキにクチートの秘密を話してくれた。確かに成り行き上仕方がなかっのかもしれないが、きっとユウキのことを信じてくれたから話してくれたのだと思う。
ユウキは思い悩む。
しかしふと、クチートを助けるために野生ポケモンを呼び集めた時のトワを思い出した。深く思い悩むあのトワの表情が目の前に浮かぶ。
(オレはトワのことを守るって決めたんだ。だったらトワの意志を尊重しなくちゃ…!!)
けれどそれではゴールドに悪いことをしたことになる。
決意を固め、ユウキはゴールドに向き直った。




(2)へ続く⇒

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