永遠の愛情を・・・

□歪んだ果実
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長い夏休みが終わって秋の風が吹き始めたその日、冬獅郎は軽いランドセルを、左肩だけで背負い、家路を歩いていた。
数人のクラスメイトと一緒だ


いつもなら何処かへ寄り道をするか、そのまま家に帰るかするのだが、今日は寄り道を禁止されていた。


ひとりで帰らないように、ときつく担任から言い含められたのだ。
 巨大なマンションが林立する中にある小学校だ。同じクラスに数人は同じマンションかすぐ隣のマンションに住んでいる。
下校時刻さえ同じなら、自然とこうしてグループができる。


理由ははっきりと告げられなかったが、保護者宛のプリントが配られた。
もっとも、それを見なくても冬獅郎の年齢になれば大体の見当はついていた。

「俺の母さんがいってたんだけどさ」


 後ろを歩いているクラスメイトが、声高に話している。冬獅郎は素知らぬ振りで聞き耳を立てた。
「変な奴が公園に出たらしいぜ。女の子に、声を掛けるんだって」
「えーっ、それって変質者って奴だろ?」
「ロリコンだよ、ロリコン」

 冬獅郎自身、まだそう言ったことには詳しくない。テレビや雑誌の聞きかじりの、偏った知識しかなかった。


けれど少し、そこで起こった態とらしい笑い声に苛立つ。確かにその性癖は感心できる物ではないが、だからといって無条件に卑下して笑い物にして良いものだろうか。


何となく嫌な気分で視線を前に向けた冬獅郎は、そこに見慣れた橙色の髪を見た。
一護だ。やはり彼も数人の友人と一緒だったが、特に話をするでもなくちょっと遅れて歩いていた。



「俺、先に行くな」
 そう言い残すと、返事も聞かずに走り出した。すぐに前の集団に追いつく。
一護はまだ気付いていない。
「一護!」



「わっ」
 後ろからいきなり呼ばれて、一護はひどく驚いた声を出した。

「な、何だ冬獅郎じゃねぇか」
「何だはないだろう。どうしたんだよ、大声出して」



 くるりとした綺麗な翡翠色の瞳が見つめてくる。射抜くような視線を向けられて、一護は仕方なしに口を開いた。



冬獅郎に隠し事はできない。何より、自分がそういったことが下手なのを彼は知っていた。


それでもあまりに馬鹿馬鹿しいと思っていたから声は潜める。立ち止まった二人の横を、級友たちが追い抜いていった。


「昨日から変な悪戯があって…だから」


「悪戯?それって、どんな?」
 冬獅郎は眉を寄せて訝しげな表情を作った。普段から眉間に皺が寄っていたため、より一層深くなる。


昨夜から、何度かインターフォンが押され、そして応じると何も言わない、と言うことがあった。

間違いではないようで、そこに人の気配はするのだ。

マンションはオートロックで玄関先から部屋の番号を押して呼び出す。最初は子供の悪戯かと思った。

しかしそれはあたりが暗くなってからも続く。結局、父親が帰宅する寸前まで、時間を空けてそれは繰り返された。


そう、一護は、父親と二人暮しなのだ。
親が離婚して、遊子と花梨は、母親に連れて行かれた。


「…気味悪いな」


 話を聞き終えると、顔を歪めて冬獅郎は呟いた。

幸いそんな経験は今までにないが、一人きりの家でこんな目に遭ったら酷く嫌なものだろう。


 冬獅郎が同意してくれたのでほっとしたのか、ようやく一護は表情を和らげた。

「だから過敏になっててさ。悪ぃな」


「謝ることはねえよ。そうなるのも当たり前だ」
 我慢強いにも程がある、と冬獅郎は少し呆れた。


「で、オヤジさんは何て?」


「話してないよ。別に何かされたわけでもないし、それに今日から出張だから…そんなこと言ったら余計な心配かけるだろ?」

「ったくお前は…」
 冬獅郎は思わず大きな溜め息を吐いた。

父親にまで気遣ってどうするのだろう。

もっとも一護にしてみれば、仕事が忙しい父親の邪魔はするまいとしてきただろうから、それが当然なのかも知れない。

まぁ、両親のいる冬獅郎には理解できなかったが。
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