novel?2

□暗闇のワナ
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それは一瞬のことだった。
触れた熱が痛いほど鮮烈に残る。
これは願望?
それとも・・・。





【暗闇のワナ】





跡部邸で開かれた誕生日パーティー。その会場に、手塚がいた。

黒の上下にタートルネックというシンプルないでだちながら、主役の跡部に優るとも劣らない空気を纏っている。

襟足に届きそうな長さの髪は、ただのファッションだろうか。
いや、それとも何かを隠している?
思わず邪推してしまう程に白く細いその首筋・・・触れてみたい、と、痕を残したい、と見掛ける度にそう思っていた。

言葉を交わしたことすら無いのに・・・。


手塚のことは試合会場でも何度か見掛けたことがある。
腕組みをして、不機嫌そうな顔をして立つ姿。
その瞳はいつもコートを睨んでいるようだったけれど、硬質なレンズに遮られ、素直に覗くことは叶わなかった。

ただ、見詰めるだけ。
それも気付かれぬようそっと、まるで風景に同化させているかのように振舞いながら。

らしくない、と自覚している。普段の自分なら、軽い調子で語りかけていただろう。

よぉ、手塚やん。・・・そんな一言すら発することができない。

この気持ちの名前を知っている。
己が今まで、幾度となく女の子達から貰っていた想いと同一だ。
受け入れたり、拒絶したり、その日の気分で、とは言い過ぎでも、その子達の気持ちを深く考えることなく接していたのかもしれない。

こんなにも苦しい気持ちだったなんて・・・知らなかったんや。


意識せずとも手塚へと向かう視線を引き剥がそうと内心で躍起になっている最中、手塚と視線が絡んだ。

音を紡がず唇だけが動く。
慌てて唇の動きを読めば「バルコニーで話しをしないか?」と誘われているようだった。
半信半疑で目を眇めると、手塚の視線がバルコニーに移る。どうやら、都合のよい願望ではなかったようだ。

本日の会場となっている跡部邸のバルコニーは、円形の屋根がかかる洒落たつくりをしていた。
外気を直に感じることのない、例えるならば温室のような空間に手塚と2人。
部屋の中より随分冷たい空気が肌に纏わりつく。

手塚と2人・・・。

しん、としたその空間で手塚は何も発しない。

俺自身も、常のように軽口をたたくこともない。
緊張している。認めざるを得なかった。

「手塚も来てたんやね。跡部のやつ派手好きやから、別嬪さんがぎょーさんきてるわな。」

チラリとこちらに向けられた視線。一つ、鼓動が弾む。

「と、特にほら、手塚に寄って来とった赤いドレスの娘、色っぽい仕草やったやん。」

速くなった鼓動を誤魔化そうとして、逆に言葉が上滑りする。こんなん俺やあらへん。

「?・・・あぁ。」

そんなことがあっただろうか、と言いたげな、やっと思い出したというような調子での応答。
会話に・・・飽きさせたらあかん。

「手塚の好みでなかったんか。なかなか綺麗な娘やったで。
思わず目で追ってしまったわ。」

あぁ違う。こんなことが言いたいんやない。
俺は、どうしたんや。

思わず反らした視線の隅で手塚が笑った気配を感じた。
続いて言葉が降ってくる。

「素直に言えばいいのにな。」

そろそろと視線を合わせる。まさに楽しげとしか言いようのない手塚の表情。

「お前が見ていたのは、赤いドレスの女か?違うだろ??」

先を促す疑問符を付けた言葉。

「俺なんだ、とはっきり言えない訳でもあるのか。」

思わず目を見開く。
楽しそうに性悪な言葉を紡ぐこの男は、俺の知る手塚なのか?

「そんなレンズを挟んでいれば見えないものがあるだろう。
見たくはないか・・・知りたくはない?俺の・・・。」


言葉が途切れる。
今なら・・・。言えるかもしれない。

「なら、あれは。」

喉がカラカラに渇いている。
・・・言葉を何とか絞り出す。


「さっきのあれは・・・手塚だったんか・・・?」

跡部が誕生日ケーキの蝋燭を吹き消した瞬間。

一瞬の闇の中で唇に触れた熱と、涼やかなあの香りは・・・手塚?


楽しそうに細められた目に引き寄せられたその刹那、視線を隔てていたレンズが消えた。


「さぁ?今から確かめてみるか?」


バルコニーに投げ捨てられた伊達眼鏡の奏でる音を聞きながら、手塚の瞳に吸い込まれていく。


願望でも、夢でもいい。
この瞬間、手塚の目に俺を映せるなら。





end

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