novel?2

□焦げ茶色の秘密
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苦くも甘い香りに身を委ねよう。
きっと、今よりもっと魅惑的な夢の世界に連れて行ってくれるはずだから。





【焦げ茶色の秘密】




最近見付けた密かな楽しみ。



敷地内にある屋内コートでゲームを楽しんだ後、いつものように自室に手塚を招いた。
お互いの部活や、共通の趣味である釣り、跡部家が抱える蔵書の話など、話題は尽きることがない。

大抵の場合、俺が手塚に語りかけ、手塚はそれに対して、相槌をうったり、たまに質問をしたり、とアクションこそ少ないが、俺がこの行為に飽きることは無かった。

ふとした瞬間に柔らかな表情を見せてくれる、そんなちょっとしたことが嬉しくて堪らない。

そんな風に、恋人同士として、少しでも時間が出来れば、手塚を家に招くようになってから数回目のこと、それはいつもと変わらぬ風景の中で、小さな違和感を伴いながら表面化したのだった。

常のように自室のソファに寄り掛かりながら、来月赴く予定の釣り場について語り合っていた所、じいやが飲み物を運んできた。

「手塚様、本日のブレンドは、来月から跡部系列のホテルでお出ししようと思っております新作です。ぜひ、ブラックで頂いてみて下さいませ。」

そう告げて運んできたコーヒーは俺もブレンドに意見を出した自慢の逸品であった。

すっかり手塚専用となった我が家のコーヒーカップから香ばしい匂いが立ち上がる。

丁寧に頭を下げ、カップを受け取る手塚、香りを楽しんだ後、コクンと口にした。

「よい香りです。」

手塚が本来ならば退席しているはずのじいやに告げる。
初めての訪問時に、出来た執事として主と客人の邪魔にならぬよう早々と退席したじいやに、お礼が言えなかったことが消化不良気味だったらしい手塚の様子を見て決めた手塚専用の退席時間。
必ずお礼と感想を忘れないその態度は、非常に好ましいものだった。

感想を聞き、退席したじいやも以前語っていた。「手塚様は外見からくるイメージとは裏腹に、穏やかな気持ちも持ち合わせていらっしゃる方ですね。」と。

今日も感想を聞き、じいやが頭を下げながら嬉しそうに退席した。

「なっ、手塚。そのブレンドいいだろ?産地とその標高にかなり拘ったんだ。」

「あぁ、とても強く、魅力のある香りだ。
俺は産地の山には登ったことは無いが、標高が違うと山というものは多分に気候を変えるからな。」

コーヒーの話をしていたはずなのに、気になったのは“山”の部分だったようだ。まったく、手塚らしいズレ方で笑ってしまう。

いや、本当は分かっている。コーヒーではなく、つい山の話をしてしまう理由が。部屋の中にいても、手塚だけを注視しているから早い内から気付いてしまった。

手塚はおそらく、コーヒーが得意では無いのだ。
いつもミルクを多めにいれているカップに今日はその乳白色は見当たらない。じいやがブラックで、と勧めたものだからミルクを入れることに抵抗があったのだろう。
コクンと嚥下する度に少しだけ眉根に皺が寄る。自分では気付いていないのだろう。その姿が年相応の「大人っぽく振舞いたい」という態度に見えて可愛くて仕方ない。
それを指摘せずになにくわぬ顔で眺めるのが俺の密かな楽しみだ。
自分から見ても、人が悪いものである。でも、俺だけが知っている弱点のようで、それが楽しさ、へと繋がっているのだから仕方ない。

「香りと、深みが自慢なんだ。
お前も気に入ってくれたなら、次からもそいつを淹れさせよう。もちろんブラックでな。」

それにしても、俺も随分幼稚なものだ。この言葉に手塚がどう出るか、その反応に酷く期待している。

負けず嫌いの手塚のことだ、何食わぬ顔で「お願いしよう」とでも言うのだろうな。

そんな考えに思わず頬が弛みそうな自分を抑えていると、手塚が口を開いた。


「実はな、跡部。」

「あぁ、何だ?」

さぁ、どう出る、手塚?

「皆に悪いと思って言えなかったのだが、俺はコーヒーの美味しさが分からないんだ。」

手塚お前・・・直球かよ。


「コーヒーの美味しさが分からないなんて、俺もまだまだ子供ということだな。」


手塚、それは・・・、そんな恥ずかしそうに頬を染めながら告げるなんて、反則だぜ。


「じいやさんは俺のために淹れて下さっているのだから、と思ったが、嘘をつく方が気持ちを踏みにじっているかと思って。
跡部も好きなんだろう?
・・・俺は子供っぽいな。」

そんな突然、14歳のままの素のお前を見せられたら・・・。


「今も口の中が苦くて。
じいやさんが持って来てくれた、お茶請けを頂いてもいいだろうか?」


それなら、な。


「苦いなら、ほら。」

長ソファに座っていた手塚の隣りに腰掛け、肩に手を置いた。
そして、そのまま口付ける。
いつもと違う“手塚の味”。コーヒーの苦味まで甘く感じるのは、手塚のせいだ。
そう、手塚がいつだって甘いから・・・。


長いキスから解放し、最後に唇をペロリと舐めると、放心状態だったのが一転、熟れたトマトのように手塚は赤くなった。

ったく、そういう所が可愛くて仕方無いんだ、なんて分かってないんだろうな。


「苦くなんか無いだろ?
大丈夫だ、お前のコーヒーには必ず俺が付いてくるからな。」


整わない呼吸の中、手塚が潤んだ目でこちらを上目遣いに睨む。これさえ無意識だってんだから、本当に性質が悪い。


「それなら・・・お前は砂糖やミルクのようじゃないか。」

赤い顔で憎まれ口、もう一回奪ってやりたくなるよなぁ。


「そんなことは有り得ないな。
俺にとっての、それが、手塚なんだから。」

手塚は、瞳を大きく見開き、その後少しだけ呆れたように微笑んだ。


「こんなコーヒーなら悪くないだろ?」


皺を寄せる顔が好きだ、ってのも嘘じゃない。でも、やっぱり手塚は・・・


「香りと深いコク、お前がそんなコーヒーなら飲んでやってもいい。
それに・・・」

「それに?」

「砂糖とミルクを溶かしてくれるなら・・・」

可愛らしい手塚の誘い文句。あぁ、もちろん受け取ってやるぜ。
俺の好きな手塚が、俺にしか見せない表情で恥ずかしそうに微笑む。

やっぱり、俺は、その顔が一番好きだから。




コーヒー味の手塚の舌を味わいながら、帰りにはコーヒー味のキャンディを持たせようと決めた。

それを見る時も舐める時でも、俺とのキスを思い出せばいい。




何もかもが手塚との思い出に繋がる、そんな幸福とキャンディを渡した時の手塚の表情を思い浮かべながら、今この時の手塚に、俺自身も同じ表情をさせられるのだった。




END

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