novel?2

□鮮やかすぎる
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貴方の瞳に俺を映せるのならば、全てを差し出しても構わないと・・・早すぎる運命と対峙したあの時から、この心は色を変えようとしない。



【鮮やかすぎる】


出会った瞬間に強く焼き付いた、等と小説のような表現で貴方との出逢いを思い出すことはない。

むしろ、思い出そうとしても朝靄の中を辿るように不鮮明で、何らかの特徴を記憶から引き出すことは困難だった。

では、いつから?
いつからこんなにも、貴方が心の中に住み着くようになったのだろう。

気付けば心が貴方を探した。視線が勝手に貴方を捉える。

色の付いた眼鏡越しに、目があったような気がしたことは、一度や二度じゃない。それすら、俺自身の願望だったのだろうか。

淡い期待を抱きながらも、常に一歩を踏み出せないでいたのは、貴方の周りから女性の匂いが消えることが無かったからだ。

スタイルの良い、甘い香りを放つ彼女達を優しく扱う貴方の、その姿に心が痛んだ。
俺も、あんな風に・・・。


そうにがくも重苦しい想いを抱えながら、季節は過ぎ去り、三年生引退の・・・そう、貴方と部室で顔を合わせることのできなくなる時期を迎えた。

あの日は、風の冷たい日だった。
貴方がいた場
所を焼き付けようと、部活終了後に向かった部室。そこには、貴方がいた。
但し・・・制服を肩まで落とした女性と一緒に。

きゃっ、と恥ずかし気な声を発し、慌てて俺の横を走り去った女性は、俺の知らない人だった。
いつも違う人。そして、いつも違う甘い香り。
俺には持ち得ない、甘美な芳り・・・。


「おやおや見つかっちゃいましたか。困ったなぁ。」

顎を軽くかきながら、ちっとも困った風には見えない姿で貴方は、目の前の大和部長は告げた。

「秘密にしてもらえますか、手塚君?」

秘密・・・。貴方と俺との秘密。

女性に外されたのか外させたのか、貴方のシャツは腹の辺りまで釦がかけられておらず、見かけより随分逞しい、腹筋が見え隠れしている。

その身体で女性を抱いてきたのですか?

そんなこと聞ける訳が。


「なかなかに魅力的な娘だったのですが、手塚君に見られて逃げられちゃいましたしね。
未遂ですし、今日の所は見逃してくれると嬉しいのですが。」

のんびりとした声音で告げる貴方の言葉一つ一つが胸に突き刺さる。

柔らかくもない、甘い香りを持たない俺では駄目だろうか。
俺では、貴方の隣りにいられない?


「見逃すだなんて
・・・」

「手塚君は真面目ですから。その内分かるようになりますよ、男ですもんね。」

俺の回答一つで窮地に追い込まれるであろうこの場面でも、飄々とした態度を崩さない。

「今日は僕も我慢しておきますから。ねっ、手塚君。」

「それなら・・・」

「?」

何を言おうとしているんだ俺は?

「部長が他の女性を抱いたなら・・・他の人でもいいのなら、俺じゃ・・・、俺では駄目ですか?」

「手塚君・・・」

驚いたように、いやそれすら演技かもしれない貴方が息を呑む音が聞こえる。

言うことを聞かない震える指でシャツの釦を一つずつ外した。
空気はひんやりと季節の移り変わりを告げているはずなのに、暴かれた肌は温度を感じることがない。
緊張していることは、貴方にも伝わっているだろうに、何も言わない、言ってはくれない。

一つ、二つと気が遠くなるような時間をかけて釦を外せば、膨らみのない、色ばかり白い胸元が露わになった。

心臓の音ばかり響く沈黙の中で、俺は、視線を上げることも出来ずに、シャツの合わせを掴んだまま、床を見詰めていた。


「これでも自戒しているんですけどね。」

俯いたままの俺に貴方が何か囁く。

目線の先
に影が映り、貴方が近付いて来るのを感じた。


「触れない、と決めたはずなのにね」

小さな吐息のような呟きが髪を梳きながら耳許に飾られる。

そのまま頚筋を辿る指が開かれた胸元に辿り着いた。

先程まで温度を感じなかったことが嘘のようだ。
敏感に反応した俺の肌に優しく触れたかと思うと、その場所に唇が落とされた。

優しく、矛盾するように強く。

時間が止まったかのように感じられた空間の中で、濡れた音を立てながら熱いそれが離れていく。

赤い跡が残されたその場所に、最後の吐息がのる。


「これ以上は僕にはできません。
・・・き過ぎてね・・・。」

小さな呟きからは、大事なことを何一つ拾うことができなかった。
ただ、離れて行く貴方の瞳が一瞬だけ覗いた。

深い深い色をした瞳。辛そうに見えたのは気のせいだろうか。

もうこんなことをしてはいけませんよ、と俺の頭をぽんぽん、と二回ばかり軽く叩き、貴方は扉の向こうに消えて行った。

現実味の薄い一連の出来事の中で、胸の一点だけが夢でないことを告げる。

赤く鬱血したそこ・・・貴方の唇が触れた・・・。



消えなければいいのに・・・そう思った。

驚く程鮮やかな赤を残して。
今も貴方は、俺の心から消えない。

鮮やかすぎて・・・他の色を無にしたまま。




End

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