novel?2

□原色の中の原色
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お前がそういうから・・・これって言い訳なのか?




【原色の中の原色】




山の澄んだ空気が身に染みる。

選抜合宿が始まってから数日、標高の高いせいだろう、一週間もしない内に、自然は色を変えていった。

希望通り、基い、念願叶って手塚との同室に漕ぎ着けたこの合宿。

レベルの高い選手との打ち合いもさることながら、隣りで手塚の空気を感じ、同じ想い-もっと上へ-を抱きながら行うトレーニングは通常練習の何倍もの成果をもたらしている、と実感することができた。


今日も、筋肉の軋むような練習を終えた。
シャワーを浴びて髪をバスタオルで拭きながら部屋に戻る。日課だそうな日記をつける手塚が待つ光景は、ここ一週間で見慣れた居心地の良い風景の一部になっていた。


「お前もまめなやつだなぁ。
まぁ、お前らしいと言えばそれまでだけどよ。」

真剣な表情で机に向かう手塚を上から覗き込みながら声をかけるのと同時に、髪から雫が伝う。
ポタリと日記の上に落ちるはずだったそれは、手塚の素早い反応で、机上に水滴となって残った。

「まだ髪が乾いていないじゃないか。」

日記の危機(何しろ紙に水気は禁物だ)を回避した手塚は、俺へと
恨めしそうに視線をよこした。

不機嫌そうな、しかしそれだけでは無い表情。本当に嫌がってる奴はこんな顔はしねぇ。


「ドライヤーが壊れてたからな。
今日の所はタオルドライでいいだろう。」

ガシガシと音の出るように髪を拭けば、手塚が目線をよこして来た。


「そんなに乱暴にするものじゃない。」


「いいだろ別に。それよりお前に注意されることの方が驚きだぜ。
お前、ここ数日見てる中でも、髪なんかまともに乾かしてねぇじゃねぇか。」

ニヤリと笑いながらそう告げれば、手塚は酷く真面目な顔で口を開いた。


「だって、もったいないじゃないか。」

「あん?何がだよ。」

「お前の髪は、そんなに綺麗なのに。」


・・・綺麗。



「越前に切られてから、随分伸びたんだな。
あれは悪いことをした。お前の髪は好きだったのに。
キラキラと光りを受けて。
以前にもお前には告げたような気がしていたのだが。」

・・・。
あぁ、知っていたさ。

お前が気に入ってくれたものなんだからよ。



「俺の髪とは違うんだ。
せっかくの持ち物なんだから、大事にしないと駄目だぞ、跡部。」


珍しくもお前からの賛辞が得られた“コイツ”

だったら手放せる訳ねぇだろ?

これみよがしに手塚の前で晒してみせたり、何か反応がないかと期待したり。

それで思った以上の言葉をもらって、喜んでるなんて。あぁ、くそ、かっこわりぃ。


「そうだな、なら丁寧に拭くとするかな。」

思わずタオルの影に顔を隠しながら何でも無い風に告げれば、手塚が少し驚いたような声音を上げる。

「お前が素直に人の言うことを聞くなんて珍しいな。
明日は雪だろうか。」

「なんだよそりゃあ。冗談のつもりか?」

よく見なければ分からないくらいに口を少しだけ尖らせる手塚。
普通は、男のこんな姿、気色悪いと思うはずなんだが・・・まいってるよな、俺も。

可愛くて仕方ないだなんて。


「俺は本来、お前相手には素直なんだよ。」

「なんだそれは?俺限定なのか?」

「そうだぜ。光栄に思えよ手塚。」

正確には、“惚れた相手”限定だけどな。

思わず笑みが零れる。俺も案外、恋に振り回されるタイプだったって訳だ。


「いきなり笑ったりして、おかしな奴だな。」

拗ねたような様子だった手塚が意趣返しとばかりに声をかける。


「いいんだよ。不本意だが、郷に入れば、ってやつだ。」


「何の
ことだ?
まったく、俺は先に寝るからな。」


「何でもねぇよ。
・・・おやすみ、手塚。」


(好きな奴のためなら、誰でも格好悪くなっちまうってことだよ。)


数分も経たずに聞こえ始めた規則正しい寝息に、馬鹿みたいに胸が暖かくなる。

いつまで手塚といられるかなんて今の俺には確かなことは言えないけれど、明日からは本領発揮させてもらうぜ?

「覚悟しとけよ、手塚。」


聞いているはずもない台詞を手塚に告げる声が自分でも恥ずかしくなるくらいに甘い。

何でもなかった物が特別に変わる。
この髪も、その一つな訳だ。

明日も最高の俺をお前の目の前に示すために、「どの台詞からまずは攻めようか」等と考えながら、ドライヤーを借りるべく部屋の扉を静かに開けるのだった。




End

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