novel?2

□恋をした
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切なくも甘いこの想いを、彼の人に告げることができようか。



【恋をした】




強い瞳を見た。
何物にも染まらないその色は、全てを遮るようであり、また全てを映すようでもあった。

その瞳の持ち主は、手塚といった。


近付きたかった。
ただ同時に、近付いてはいけない、とも思った。

あれは何時の頃だったろうか。

何者にも動じずに見えるその真っ直ぐな背に、人見知りの子供のような危うさを見た時。

声をかけて、こちらを振り向かせて、緊張の糸が少しばかり弛むようなその表情を引き出せたのが己だという事実が嬉しくて・・・なのに、緩んでしまった自分を責めるような、恥じるような手塚の空気に寂しさが残った。

嬉しさ、と同じくらいの寂しさ。

手を伸ばして、抱きしめてしまえば、手塚の重荷を分けてもらえるだろうか。

柔らかい、本当は人一倍優しいその心を温めることができるだろうか。

二人の想いを重ねて、融解することができるだろうか。


そんなことばかり考えていた。


出会ってから早三年。

相も変わらず手塚の目は厳しいままだけれど、最近は、そう、穏やかな表情をすることが増えた。

何かできた訳じゃない。
俺ではな
い、あいつが、手塚の隣りに立つ時間が増えたからだ。

結果として俺が手塚を抱きしめることは無かった。

恋人に、なることが無かったんだ。

全てを分かち合える代わりに、一つのすれ違いで、二度とは同じ関係になることが叶わない相手。
熱くも魂を重ねる存在である恋人に、俺はなることが出来なかった。

想いを告げたとして、手塚からの返事が色好いものであったかどうかも、俺には分からない。
手塚がそれを望んでいてくれたのか、俺だけの片恋だったのか、今では確かめる術を持たない。

でも、手塚。
俺には、言えなかったんだ。

どんな関係になろうと、どれ程時が経とうと、繋がっていられる「友人」の座を捨てることができない。

ただの言い訳だというだろうか。
お前が側にいてほしいと願う時に、すぐに駆け付けられる間柄で居続けたいと願うから、だという想いは。

今この瞬間、お前が俺以外に向ける熱を孕んだ瞳を一生見ることが叶わなくとも、お前にとって安心できる場所で居続けることを求める、この心は。


あぁ、確かに恋だった、と過去形にして、自分自身に決着を付けられる日は来るのだろうか。

誰にも見せなかった涙を、あいつの前で流すお前を、そ
の真珠のようなそれを、拭うことのできない場所を選んだことを後悔していない、と晴れやかに語ることができるだろうか。



今も俺はあの頃のまま、手塚の横に立っている。

手塚にとって違和感の無い存在。
友人としての俺のまま、部長の空気を少しだけ薄くした、穏やかなお前を感じている。


この想いが過去のものになろうと、今を懐かしんで、恋心を告げることは無いだろう。
苦しめるだけだと分かっている。何故あの時に告げなかったのだと詰る瞳に出逢いたくはない。

これは、胸の中に閉まっておこう。
手塚に、一番大切な人にも見せなかったこの気持ちを。


そう、俺は・・・

恋を、永遠に褪せることのない恋をした。

秘めたままの、告げることのない恋を・・・。




END

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