novel?
□d-stop
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「ねぇ、好きって言って。」
【d-stop】
「今日って何の日か知ってる?」
そう言いながら、越前が電話をかけて来たのは深夜のことだった。
「急に何なんだ?」
「ねぇ、何の日か知ってる?」
こちらの問いには答えようとせずに、先程と同じ質問を少し切羽詰まったような声音で繰り返した。
日付は、4月1日。いわゆるエイプリルフールである。
しかし、越前がそんなことを気にする、とは思えないし、どこか様子がおかしい。だいたい、後輩がこんな夜更けに先輩であり、部長である俺に電話をかけてくること自体が普通は異常だろう。そんなことも気にせず、毎日のように携帯電話は越前からの呼び出しをつげる訳だが。
「何の日、と言われても特別なことはないが、強いて言えば、エイプリルフール、だろうか。」
小さく息を飲む音が聞こえてきた。その後に一つ深呼吸の音。小さいそれが伝わるのは、越前の一挙一動を逃すまい、と意識を知らぬうちに集中させているからだが、そんなことに俺自身が気付いていなかった。
「なぁんだ、知ってたんスね。じゃあ話は早いよ。
部長・・・。」
何故だろう、身体中に緊張が走る。越前の言葉の続きを聞きたくない、そう本能が叫んでいるようだった。
「好きって言って。
俺のこと、好きだって・・・。」
苦し気に告げられた言葉には、温度が感じられなかった。どこか感覚が麻痺しているかのような浮遊感が俺を支配する。
「・・・何故?」
「それをあんたが聞くんだ。」
越前の顔は見なくても分かる。少し眉ねを寄せた、苦しそうな表情。
俺だけに見せる、顔。
「俺の告白ってさ、何だったんだろうね。いつも、あんたは答えてくれなかった。後輩だから、男だから、テニスに集中したいから、理由なんていくらでもある、って態度だけで。
・・・俺の本気を疑い続けてたんでしょ。」
言葉に色が付けられるなら、きっと濃いグレーが見えるに違いない。越前の言葉は、深く濁った色をしているように思えた。
「だから、もう最後にするよ。
今日、俺に好きって言って。・・・その甘い言葉で俺にあんたを諦めさせて。」
悲壮にも感じられるその声を聞き、越前の本気の想いが、初めて真まで届いた。あれらの言葉は嘘では無かったんだ。越前が俺のことを、す・き、だということは。
それなら、まだ遅くないなら。
「・・・言いたくない。」
「・・・なんで?最後通帳さえ突き付けてくれないんだ。
俺に対する気持ちがなくてもいい。今日は全部、ホントが嘘になる日なんだから。」
越前の苦笑気味の声が伝わる。疲れきったような声。でも答えてなんてやれない。
「いやだ、言いたくなんて無い。」
「・・・そう。どうあっても俺には言えないんだね。
でも、俺はさ、そんなあんたも」
越前の言葉を遮り、声を発する。続きの言葉を、今日は聞きたくない。だから。
「・・・同じ言葉を、明日なら言ってやってもいい。」
「えっ?」
「バカっ。何度も言わせるなっ。」
何を言っても嘘になる日に、本当のことなんて言いたくない。
信じられなかったのは、越前の想いが嘘であったら立ち直れないから。全てに意味が無くなってしまうから。
信じられる想いをもらって、信じる勇気が生まれた今、心から越前の想いに答えたい。
同じ想いを共有したい・・・。
「そんな思わせ振りなこと言ってさ。
ねぇいいの?俺、あんたの言葉を信じちゃうよ。
それとも、これこそエイプリルフールだから、って訳じゃないよね。」
不安そうで、それでもどこか嬉しそうな越前の声が頭の中で反響する。
優しく、強く。
もう、信じていいから。もう、不安に思わなくていいのなら。
「明日、同じ言葉を聞きたくないなら、そういうことにしてやってもいいぞ。」
瞳に笑みをのせて、言葉に力をのせて。
今度こそ、嘘は付かないから。
「・・・ありがと。
何かさ、夢見てた状況のはずなのに、言葉にならないや。
俺達、両想いなんだね。
明日、楽しみにしてるよ。なんてったって、生まれてきたことに感謝出来る日になるんだから。」
強くなった越前の口調に心が熱くなる。間に合って良かった。俺はこんなにも越前のことが・・・。
「あぁ。俺にとっても、大切な日になると・・・思う。」
「もうっ、その間は何なんスか。」
越前が、電話ごしに声を響かせる。明るい話し声。
「・・・恥ずかしいことを言っている自覚はあるんだ。
明日まで待ってくれるだろ?」
俺の言葉を聞いた越前の笑みが深くなった気配がした。それが、俺だけにしか見せない表情なら嬉しい。
「うん。
さっきまでさ、本当に悲壮な気分だったんだよ。
諦めるなんて言ったけど、あんたに言葉を貰ったら、エイプリルフールなんて俺には関係無いって、言質をとったって言って、振り向いて貰えるまで追い掛け直すつもりだったんだ。
へへ、俺って結構しつこいでしょ。
こんな俺でもいい?」
「・・・その答えも明日な。」
「ちぇっ、そう言うと思ったよ。
でもいいんだ、明日もこんな最高の気分を味わえるならさ。
俺からも、また明日伝えるよ。
本当の気持ち受け取ってよね。」
今日よりも明日、明日よりもその先が幸せであると信じて行けるように。明日その一歩を踏み出そう。
越前と一緒なら、嘘も真実も、全て一つに進んでいけると思うから。
エイプリルフールの、こんな一幕。真実の裏は真実なのだと知り得た1日。
END