novel?
□mix color
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手塚の斜め後ろに付きながらしばらく進むと、月明かりが差し込む窓に面した長い廊下が続いていた。
そこで手塚が突然立ち止まる。
「なぁ、乾。何をさっきからイライラしているんだ?」
言葉尻には問い掛けの形を取りながらも、瞳がそれを裏切っている。
否、それさえも計算上での言葉なのだろう。
「・・・分かってるくせに。」
こんな言葉しか返せない自分が恨めしい。肝心の時に使えない確率論だから、手塚にはテニスでも砂を付けられっぱなしなのだろうか。
「あんなに分かりやすく嫉妬されれば馬鹿でも気が付くだろ。
俺が一度でも靡いたことが無いことを知ってるくせに。
俺も何でこんな男を選んだかなぁ。」
わざとらしく溜め息を付く手塚など、部員の誰も見たことはあるまい。
見た目は極上、性格も凜として気高い、何て美辞麗句が付けられる手塚を否定はしない。俺も大いに賛同しよう。
ただ、手塚はそれだけじゃない。
この誰にも見せない裏側にさえ惹かれているのだから、始末に終えないのだ。全てが手塚に惹かれている。
「まぁ、俺の趣味の悪さを嘆いても仕方が無いな。
嫉妬くらい可愛いものだ。
それに・・・。」
手塚が言葉を切ると同時に、後方から駆けてくる音が聞こえた。それと共に「ぶちょー」という声。桃城が何用か追い掛けて来たようだ。
そちらに一瞬気をとられた隙に、強引に襟を掴まれた。
直後にお互いの眼鏡の当たるカチリという音。
つまりは・・・。
こんな誰に見られるとも限らない場所で、手塚にキスを仕掛けられた訳だ。
急な展開に呆然としている俺に後ろから声がかかる。
「あれっ、乾先輩。何、廊下の真ん中に突っ立ってるんスか?」
桃城との距離は声の通さから計算するとおよそ10m。
驚く頭とは違う位置で脳はその距離を弾き出した。無意味なことにしか使えないデータだったとは、自信が無くなりそうだ。
一見無表情で少し首を屈めて立っている俺の滑稽な様子を手塚が笑みを浮かべながら見ている。
そうか。桃城からは細身な手塚は俺の影に隠れて見えない訳だ。
「牽制なら、これくらい大胆にやらなきゃな。」
声を潜めて手塚が楽しそうに語る。
そのまま、鎖骨に歯を立てられた。
痛みと共に唇の濡れた感触が伝わる。しっとりと湿度を感じるのは先程のキスのせいか、と実際肌で感じるのは鋭いまでの快感だった。
「乾先輩っ。
それに、部長もいたんスね。乾先輩で見えなかったっスよ。」
桃城が無邪気に駆け寄ってくる。
俺は衝撃で振り向くことさえ出来はしない。
「桃城、こんな夜更けに廊下を走るな。それに声が大きいぞ。」
何食わぬ顔で手塚は俺の影から顔を出すと桃城に告げた。
横目で見ることしか出来ない俺だが、その唇が、先程よりぷっくりして見える。少しは感じてくれていたのだろうか。
「すみませんっした、部長。
でも、さっきの話って。」
先程のキスなど無かったかのように手塚は話を進める。
・・・俺ばかりが反応してるだなんて悔しいじゃないか。
「・・・桃城、オーダーに関してはぁ、んっ。」
だから、澄ました顔をした手塚の背後に手を回し、その双丘を強めの力でむぎゅっと掴んだ。
すかさず手塚が睨みを利かせるが、潤んだ瞳でやられても、煽るだけだと、今教えてやるべきか否か。
「ど、どどどうしたんっスか、部長っ。」
桃城が盛大にどもっている。対桃城には逆効果だったかもしれないが、これくらいは出来る男なのだ、と手塚に認識してもらわなければ俺だって困るのだ。
「どうしたもこうしたも無い。騒ぐな、と言っているんだ!!
明日は朝から付近を10周させるぞ!!」
恥ずかしさからか、手塚が少々理不尽なことを桃城に告げていた。
そんなぁ、と言う弱々しい桃城の声が響く。
そろそろ、俺の出番ってやつかな。
「まぁまぁ手塚、今日はその程度にしておけよ。
桃城、さっきの言葉はお前達、一・二年を期待してのことなんだ。
失望、させるなよ。」
本気を込めた口調で桃城に告げれば、神妙な顔をした後、しっかりと手塚と俺の目を見詰め、「はいっ」と大きく返事をした。
遅くに失礼しました、と告げながら背中を向ける桃城に、頼もしさを覚えていると、然り気無く手塚の腰に回していた手を思い切りつねられた。
・・・なんて容赦の無い。
「いつまで触っているつもりだ。
お前も走らせるぞ。」
「はいはい、調子にのってすみませんでした。でもさ、」
言葉を切ってもう一度。
「手塚の伝えたかった想い、間違って無かったつもりなんだけど?」
眼鏡のつるをあげながら、そう告げると、手塚が満足そうに微笑んだ。
「今日は、及第点にしておいてやる。
但し、」
月下美人のように蠱惑的に、人を釘付けにする笑みをたたえながら手塚が続けた。瞳に、表情に捕らえられる。
動けない。否、動きたくない。
「俺に関するデータは日々更新しているんだ。
及第点だからと傲らず、励めよ。」
心底楽しそうに、そう告げると、手塚は何事も無かったかのように歩き始めた。
この変わり身の速さったら。もう少し余韻に浸らせてくれてもいいのに。
でも・・・、こんな所も含めて全て、手塚だから好きになったんだ。
前を行く手塚を見詰めながら、今のこの時間でさえも大切にしよう、そう思った。
ドイツに行く手塚を追うことは今は出来きないけれど、決して置いていかれる訳じゃない。
俺にしか出来ないことを追い続け、手塚の隣りに立てばいいんだ。
決意を胸に、手塚の方へと振り向けば、全部分かってる、と言わんばかりの顔で受け止められた。
それに気をよくしながら、然り気無く腰に手を伸ばしたが、もちろん睨み付けられるだけだった。
ずっとこうして歩いて行くことをお前が認めてくれるなら。
性悪で、本当は可愛い恋人との未来が今と変わらないであろうことを思い浮かべながら、もう少ーし、頼り甲斐のある男になれたらな、と思う俺なのであった。
END