Novels Room2

□焔の扉
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 もっくん…紅蓮。
 何を引き換えにしてでも、紅蓮を取り戻したかった。
 たとえそのための犠牲が、自分の命だとしても。
「――オンビロダキヤヤキシヤジハタエイ、ソワカ!」
 完成した真言が自分に力を与えてくれる。
 屍鬼の左胸に狙いを定めた脳裏で、夕焼け色の瞳が、少し高い声が、過ぎった。
「よせ――っ!」
「――!」
 大好きな紅蓮の声なのに、それは紅蓮じゃない。
「己れ…この…」
 止めて。
 紅蓮の体で、声で、そんなことをしないで。
「万魔拱服――!」
 帰って来て――……。
 そんな願を込めた刃は白く辺りを染め上げる。
 焼け付くような喉で呼吸しながら、叶えられなかった約束が思い出された。
「…………」
 誰にも負けない、犠牲にもしない、最高の陰陽師になると、そう誓った相手は貴方なのに。
 なのにその貴方は、今この手で奪われた。
「……もっくん……」
 力なく投げ出された肢体。
 瞼は閉ざされて、ぴくりともしない。
「もっくん…!!」
 言うこときかない重たい腕を伸ばし、冷たくなった物の怪の体を掻き抱いた。
「もっくん、もっくん…!!」
 何度呼び掛けても。
 幾ら力を入れても。
 体は冷たいままで、夕焼け色の瞳はもう見れない。
 ――でも。
「謹請し奉る――……」
 帰っておいで。
 俺の命をあげるから。





 いつも隣にいるのが当たり前だと思ってた。
 でもそれはある日突然壊されて、それまでの日々が奇跡だったのだと思い知らされた。
 大好きな紅蓮。
 屍鬼に乗っ取られた紅蓮の、金色の瞳に自分の姿は映らない。
 その時気づいたのに。
 紅蓮が好きだと――大切で、失いたくないと気づいたのに。
 ねぇ、なんで?
 その想いは決して届かない。
 だってそうでしょう。
 自分がいたら紅蓮を傷つけるのに。
「あしき夢…いくたび見ても身におわじ…」
 だから願う。
 あの心優しい神将が、傷つくことのないように。
 悲しいことも、嫌なことも、全部俺が持って行くから。
 紅蓮はもう傷つく必要ないんだよ。
 帰っておいで、じい様の所へ――俺の、所へ。
 あんな寒い所にいちゃ駄目だよ。
 痛かったら痛い、って言わなきゃ駄目だよ。
 俺はもういないけど、紅蓮が帰ってきてくれるなら。
 俺の命をあげるから。
 帰って、おいで――。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『それは遠い約束
懐かしい声
震える胸をどうか支えて
my dear...』
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