Novels Room2

□緋紅的牡丹
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 あなたの手を取ればよかったと、今とても後悔している。
 初めて差し伸ばされた、暖かい手だったのに。
 なのにわたしは、それを自ら振り払った。

 ――母は横恋慕した安倍晴明によって生きたまま黄泉へと落とされ、父は安倍晴明率いる十二神将・騰蛇が殺した。

 黄泉の軍勢を地上に溢れさせ闇の世界とす、という何処までも身勝手な男が吐いた嘘を、幼かったわたしはそのまま信じ、安倍晴明とその後継の命を奪おうとした。
 真実を知った今、自らが行った行為の数々は、なんとも恐ろしく感じられる。
 そして、取り返しのつかないことをしようとしたという自責の念と。
 どんな言葉を尽くしても、決して許されることではない。
 …ああ、でも、最期にこの手を取ることだけは、せめてどうか許してほしい。
「しゃべるな…!」
 重ねられた唇は冷たいものだったけれど、その吐息は熱かった。
 震える手を必死に伸ばす。
 あのとき取れなかった手を、今取るために。
「あなたの…手を…取れば…よか…た…」
 それをとてもとても後悔している。
 あのとき取っていれば、こんな後悔はせずにすんだのに。
「り…」
「彩Wだ」
 それは聞いたこともない、不思議な響の言霊だった。
「彩…W…?」
 震える細い指を、真剣な表情をした六合が掴む。
 力を込めて、決して離さないように。
「ひとりは…いや…なの…」
 紛れもない本心。
 宗主と一緒にいても、両親がいない、その孤独がぎりぎりと心を締め付けた。
 そんな自分に初めて手を差し伸べてくれたのが、この…彩Wだったのに。
「…そばに…いて…い…?」
「そばに、いろ」
 求めていた返事を、彼はなんの躊躇いもなくくれた。
 この命はもう尽きる。
 ならばせめて、想いだけでもあなたの傍にいたい。
「…彩…W……――」
 朝焼けの瞳が歪む。
 その色だけを覚えて、わたしは逝こう。











『天の高みには
昇れないのなら
君の瞳の青空に
堕ちよう』
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