WONDER RAIN

□拍手小話
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『Chocolatier・2』
 └WONDER RAINホワイトデー小話


 遂にこの日がやってきた。

 柊小鈴は両隣を見遣ると小さな溜め息をついた。寡黙美麗な我等がSIGNAL総長サマと超大型ワンコなSIGNAL副総長サマ。

(何っか、ピンクのオーラが見えるんですけど…)

胸躍らせているであろう不良2人組に些か白けた視線を送りつつ、閉店間もないカフェ『WONDER RAIN』の扉を開いた。



+++++

「うぁあああ〜、美味しそう〜」

 ふわふわの錦糸玉子に車海老、そしてキヌサヤの鮮やかな緑色。紅いイクラと桜でんぶも散りばめられて。

「何か…物凄く家庭的な感じだね…」

 たぶん、朱屋さんの手料理なんだろうけど。これってさ…、散らし寿司?何で散らし寿司なわけ?遅めの雛祭りなの?

「いいなソレ!家庭的!先輩ってば良いお嫁さんになるよね〜俺のッ」

 喜色満面の石蕗に目頭が熱くなってくる。すると、次々と運ばれてくる料理を黙って見詰めていた遊宮がぼそりと呟いた。

「…アイツの作った物なら、例え毒が入っていても残さず皿まで食う」

「……………、何その決意表明…」

 嫌だ。こんなデレた総長、ほんとーにヤダ。マジで涙出そう。ちらり、見上げた先に、楠侠馬と十神美津が笑いを堪えているのが見えた。あんたらも同罪だっ。


 丁度ひと月前のバレンタインデー、俺達は朱屋さんに手作りのチョコ菓子をプレゼントした(俺は成り行きだったけど)

有難うと喜んでくれた彼の笑顔はとても可愛くて、あげて良かったとその時誰もが思ったっけ。

 …で、そのお返しにと、本日3月14日のホワイトデーにカフェにお呼ばれしたわけで。


(まさか、チョコのお返しが朱屋さんの手料理とは…)

軽く溜め息をつきつつ、出された料理を口にする。お酢の酸味と椎茸の含め煮の甘さが絶妙で、自然と"美味しい"と零していた。

「〜〜〜ッ、うまいッ!先輩、散らし寿司ちょーうまいっす!」

「ほんとにほんと?蛤のお吸い物は?あと、茶碗蒸しも上手く出来てる?」

「…旨い…」

 気持ち良いくらいにバクバク食べる石蕗と遊宮に、小鈴も楠も美津までも釣られるようにして食が進んだ。



+++++

カロン、カロン。

 食後のデザートまで平らげて至極のんびりしている所に来客を告げるドアベルが鳴った。

「食事会は終わりか?」

そう言って現れたのは、十神一騎と野茨瀧だった。

「俺の分は残ってないみたいだな…」

 銀縁の眼鏡越しにすっと目を細める一騎に、そんなの知らないと朱屋さんが口を尖らせる。その唇を一騎が意地悪く摘む。

(あー…、やばい。素直と楓の機嫌が悪くなりそー)

 ちらっと見遣れば案の定、2人は射殺さんばかりに彼を睨みつけていた。朱屋さんと幼馴染みである十神一騎の存在は、朱屋さんを慕う連中には歓迎されないわけで。

「夜の手料理食べてみたかったな」

 今度は野茨さんが朱屋さんの顔を覗き込んだ。途端に恥ずかしそうに頬を染める。そりゃそうだ。朱屋さんは野茨さんを敬愛しているみたいだから…。

(あ、やっぱり)

 その様子を見ていた楠侠馬と十神美津までも剣呑な表情を浮かべている。…、ここにはもっと落ち着いた人間はいないんだろうか。まったくもって情けない。


「アンタさ、何しに来たの」

 小鈴は場の空気を変えようと来客に話し掛けてみた。それにはっと鼻で笑うと、一騎はおもむろに何かを取り出した。

「ほら、夜風。お返し」

「え…」

 朱屋さんの手に渡された小さな紙袋。お洒落な見た目から、有名なブランドショップの品だと分かる。

「俺からもお返し。夜、受け取って」

 しかも、野茨さんからも手渡される別のブランドショップの紙袋…。まさか、まさかまさかまさか。

「うわ、あ、ありがとうッ…!」

 そんなまさか!

「バレンタインのお返しに、こんな良いモン貰っていいのか?でも、嬉しい…ッ」

 耳まで紅く染める朱屋さんはほんと可愛いな…、じゃなくて!
ちょっと待てぇえええ!あの2人は朱屋さんからお返しされる側じゃなくて、お返しをする側なのか?

それってつまり…。

「来年もくれるよな、バレンタインのチョコレート」

「…うん!」

 ぁああぁああぁあげたのか!!アンタは野茨瀧と十神一騎にだけバレンタインチョコをくれてやったのかぁあーー!!!



 ガッタンと派手な音がして振り向けば楓がテーブルに突っ伏して、素直が項垂れた顔を片手で覆って盛大な溜め息をついていた。しかも楠と美津の背中には夜叉オーラが…ッ。

 どうかしたのかと小首を傾げる朱屋さん。アンタ、どこまでも振り回してくれるよな。この、恐れ多くもSIGNALの幹部連中様を。大したもんだよ、あーあ。

 こうなりゃ来年、誰がどう抜け駆けするか楽しみだよ。ま、それまでに決着がつくかもしれないけれど。

 くすりと含み笑いをして、小鈴はすっかり温くなったお茶を啜った。

「…俺は毎年貰ってるけどな…」

 ポツリと、けれどはっきりとした音量で呟かれた台詞に、柊小鈴が参戦するまで…、後5秒。


おわり

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