WONDER RAIN

□みなも、みなも(4万8千打リク)
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 満月が照葉にキラキラと反射する。あまりの眩しさに目を眇れば。

 焼け付く素肌を冷ますもの、それは。



みなも、みなも



「やっぱり引き返した方がいいのかな…」

 遠く下方に広がる街を見つめて途方に暮れる。車窓の隙間からは夏の名残の風が舞い込み、闇が迫ると蜩(ヒグラシ)が鳴いていた。

 進めど進めど街へは遠く及ばず、この山道からはいくら急いても抜け出せない。どうして迷うはずのない一本道を迷っているんだろう。頻りに後ろを振り返り、美津と夜風は諦めに似た溜め息をついていた―――。



 郊外に住む常連さんから是非活け込みに来て欲しいと言われて、美津は快く承諾した。今の季節に見合う植物と花器を見繕って、カフェの定休日である今日、わざわざ夜風を誘って郊外へ赴いたのである。

 天気も良く、なかなかに良いドライブデートだった。小一時間程で目当ての屋敷に辿り着いた。家人にもてなされ、大きな硝子の花器に設えた活け込みもいたく気に入って貰えた。さて、そろそろお暇しようと2人揃って腰を上げた時、「山を越えて行くといい」と告げられた。

「え、山を、ですか?」

「そう。山百合が群生してる斜面があってね。美津くん、そうゆうの好きでしょう?大丈夫。ちゃんと舗装された道路だし、それに市街地まで一本道だから心配いらないわ」

 山百合と聞いた瞬間、あの甘ったるく濃厚な匂いを思い出した。日本原産の野生種で、大きく可憐な花は見る者を惹き付ける。まるで、夏の山の女王。

「美津さん、見たいんでしょ?いいよ、寄り道して帰ろうよ。俺も見てみたいし」

 向けられた夜風の笑顔に、それならばと今日だけ甘える事にした。

 それがまさか、こんな事態を生み出す事になろうとは。美津と夜風は知る由もなかった。



+++++

「どうしよう美津さん。暗くなってきた。ほら、一番星…」

 窓ガラスの向こうに目を遣る夜風に美津は優しく髪を撫でてやる。自分のせいで、夜風を心細くさせてしまっている。頭を引き寄せると、コテンともたれ掛かってきた。

 普段、気を遣ってか夜風は美津に甘えてくることは殆どなかったのに。よっぽど心配なのだろうか。

「よし。それじゃあ引き返そうか」

 そう決めて、ハンドルを握り直した矢先。

「美津さん、あそこ…」

 舗装された道路しかなかったはずなのに。暗がりに伸びる脇道と、その先に白く浮かび上がる斜面が見えたのだった。


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