小説「天使達のBlessing」〜もう一つの記憶から〜

□奇跡
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休日の朝。

招待された家の広い庭園のバルコニーで、フルートで軽やかなメロディーを奏でていた。



「お前、フルートなんか吹けるの?じゃあ、俺のピアノとセッションしよ?」

上司の歓迎会の日、先輩の磐梯さんと話をしていて、俺が中学高校と吹奏楽部でフルートを担当していたと告げた途端、そう誘われたわけだ。



それからは、磐梯さんの自宅で、何回かセッションし、会社の人も呼んだりと、楽しく演奏していたのだけど。



先週、山の手の知り合いがパーティーを開くから、一緒に演奏して欲しいと誘われたのだ。


金持ちの暇潰しパーティーの演奏か。

あんまり気が進まなかったけれど、磐梯さんの誘いを断る訳にもいかなくて…参加したんだけど。

何人かのミセス達が、演奏を聴きながらテーブルの上の料理を楽しんでいるのを、ちらちら見ていた。


たくさんの綺麗な料理、シェフとか呼んで作らせたんだろうな。


あの人数では食べきれそうにない、様々な料理とデザート。
残ったら、簡単に捨ててしまうのか…。。


約束の1時間の演奏を終えて、帰る準備をしていたら、「菊田!」と呼ばれた。



磐梯さんの横には、小柄の女性がいて、僕を見てふわりと微笑んだ。

はっ…。

なんだ…。
ときめきではなく。
懐かしい人に会えた、そんな衝撃が胸に走った。



「菊田。こちらが、今日の主催者の白山(しらやま)さんだよ。」

「白山です。」

白山さんは、優しく笑ってから、深々と丁寧に御辞儀をしたんだ。

俺みたいな年下に、丁寧に挨拶を…。


「ぁ…。俺…いや、僕は、菊田崇星(きくた すばる)です。」


「今日は、素敵な演奏をありがとう。お口に合うか解りませんが、どうぞ召し上がって頂戴。」


「はい…。ありがとうございます。」


お口に合うか解りませんがって、どういう事だろう。
俺、そんな貧しいもんしか食べてないように見られたのかな。
嫌み?


「白山さんは、料理が上手なんだよ。」

「え?」

目の前にあるオードブルやメイン料理も、数々のデザートも全部自分で作ったと言うのか。

「凄い…。頂きます。」

目の前のスープを、一口飲んでみたら…。

美味しい。


料理もセッティングも、全部自分一人でしたらしく、この人がただの金持ちのナマくら主婦じゃないと解ったけど。

.

「お礼に、歌わせて頂くわね。」


彼女はスッと立ち上がると、綺麗なソプラノで歌い出した。


アヴェマリア。


その美しい声を消さないように、俺もそっと立ち上がって、控えめに伴奏してみた。


…なんだ。
この幸福感は…。



体の中に、清流が流れ込み清められていく。

そして、温かく包まれている様な…。








パチパチパチパチ。
演奏後に、拍手の音で、現実に戻った感じだった。

「白山さん…?」


白山さんは、笑っていた。
俺の全てを包み込むように…。


「ありがとう。今日は楽しかったわ。磐梯さん、また、菊田さんをお連れしてくださいね」

「はい。」



あれは何だったんだろうか。

清々しさと安心感に包まれて、この世の物とは思えない幸福な気持ちになった。

白山さんの瞳は黒い瞳なのに、清涼感のある碧色に輝いていたのは、カラーコンタクトでもなくて、きらきらと碧色の光が放たれていたみたいな…。
そんな目をして、俺を見つめて、「また、逢いましょう」と手を振った。



「菊田?どうしたんだ?ほわっとした顔して。白山さん、美人だから一目惚れでもしたのか?」

「そんなんじゃないです!」

「そうかぁ?」

「そんなんじゃ…。」

「暑さで、疲れがでたんだな。ごめん。悪かったな。じゃ、片付けに戻ろうか。」


磐梯さんは、そう言ってバルコニーに歩いて行った。


俺は…。


「…!」

今朝の事を思い出して、全身に例えようのない感覚が走っていた。


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