小説・陽光に包まれて

□circle of blue
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冷たい風が吹き抜けていく。誰もいない体育館裏で、私は携帯を持ったまま立ち尽くしていた。
「初めたつもりも…ない…。」
風の音が遠くになっていく…。
私の…涼介との事は…。全部……ナニダッ゙タノ…?。
体が…無くなったみたいに、心も魂も剥き出しになって、寒空に曝されているように、痛くて冷たくて…震えが止まらなくなって行く。

捨てられた方がマシだとは思っていた…。
でも…。
それ以前の話…。
涼介は…私を…恋人だなんて、思ってなかった…。思ってたのは…私だけで…。
わたし…だけ…だった。

住吉さん?

誰かの声がする…。

住吉さん。

近づいてくる…声。
目の前にいるのは…。

「どうしたの?」

伊勢田…くん…。

「顔色、悪いよ。何かあったの?」
「ぅ…」

あなたの顔を見て、優しい言葉を聞いた途端、涙が溢れ出してしまった。
「…ついておいで。」

伊勢田君が、私の左手を掴んでゆっくり歩き出した。
優しく繋ぐ温かい手。
左手から春になって行くみたいに、心地よい温かさが…ゆっくりと体に伝わっていく。
体育館裏を出て、中庭を抜けて本館の廊下を、黙ったまま二人で歩いた。

コンコン

彼が扉をノックすると、開かれた扉から顔を出したのは…宗像教授だった。
ここは、宗像教授の部屋だったんだ。
優しく笑う宗像教授。
「伊勢田君。…どうぞ。」
教授の部屋は、綺麗に整理整頓されていて、本棚に沢山の本が並んでいて…教授の机の他に、テーブルとソファーがあった。
「住吉さん。そこに座って待ってて貰えますか。」
「え?」
温かい手が離れようとしたのが悲しくて…しっかりと掴んでしまった。
「あ…あの。…そっか。じゃ、一緒に座ろうね。」
伊勢田君は、手を離さない私と、一緒に並んでソファーに座った。
向かいには宗像教授が座って、ぼんやりとしている私を見つめた。
「ここには、いろんな書物があるんだよ。君の顔を明るくしてくれる物も、あるはずだからね。
ゆっくり探してご覧。
伊勢田君、私は今から
熊野理事長に逢いに、花屋敷町に行ってくるから。下校時には、戸締まりして帰って貰えるかな」
「はい。」
「ゆっくり、一緒に考えてあげたらいいから」
「はい。ありがとうございます。」
宗像教授は、コートを羽織って出掛けて行ってしまって、教授室には、私と伊勢田君の二人だけになった。
繋いでいた温かく心地よい手が、なんだか恥ずかしくなって…そっと離した。
「体、冷えてるよね。紅茶いれるね」
彼は、席を離れて慣れた手つきでお茶を入れてくれた。
「…ありがとう」
「せっかく、昨日笑ってくれたのに。」
「…」
「どうしてなんだろうね。僕が君に出会う時は、君は悲しい顔をしているね。」
「…そうかも…」
「今日は、昨日より辛そうだよ…。」
「…」
「辛くなったら、いつでも来ていいんだよ。」
「ぇ?」
「ここ。僕も、教授にそう言われてるから、よく来るんだ」
「…辛いの?」
「時々ね。」
中学の時に、突然の事故でご両親を亡くして、一人になってしまったんだよね。
宗像教授の導きで、乗り越えたと言っても…まだ数年しか経っていない。
「いつまでも泣いていちゃいけないんだよ」
そんな風に、私を慰めてくれたけど。
伊勢田君自身も、そう思いながら乗り越えようとしているんだね。
私のショックなんか比にならないような、喪失感と孤独感を、ここで一人で乗り越えている。
それなのに、良く知りもしない私なんかに優しくてくれる…。
温かいくて…甘い香りの紅茶。
ゆっくり飲み込んだら、体中に温かさと苺の甘い香りが広がっていく。
「苺の香り…」
「教授が好きなstrawberry teaだよ。」
悲しみが…少しだけ癒されていく様な、優しくて幸せな香り…。
小さな頃の“苺狩り”の思い出とか…。
お母さんが作ってくれた苺ジャムの香り…とか、いろんな思い出が浮かんだら、また涙が溢れた。
「辛い事…あっても、一人ぼっちじゃないから。」
伊勢田君は、紅茶のカップを持ったまま、窓の外を見つめていた。
「…」
「今は、辛い事が自分の全てを支配していて、全身も気持ちも痛いけど…温まると、少しだけ、楽しかった事を思い出せるでしょ?。
君は、ひとりぼっちじゃない。今は…泣いても良いけど。いつまでも泣いてちゃ駄目だよ。そのうちに、今までの温かい思い出も、温かくしてくれた人まで…傷つけちゃって…周りが嫌だけじゃなくて…今度は、自分で自分が嫌に成ってしまうからね。」
「ぇ…?」
窓ガラスに、微かに映っている彼の表情は、悲しそうで苦しそうで…いつもの温かい瞳じゃなかった。
きっと…伊勢田君自身が、そうだったんだろう。もしかしたら、今も…?
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