小説・陽光に包まれて

□Kikkake No Itami
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あれ以来私は、亜依子よりも伊勢田君と一緒にいる事が多くなった。
亜依子や健太郎や皆に、彼を紹介して群れるのは、伊勢田君の負担になるだろうと思って…。

でも、いつも二人でいるから、周囲はカップルだと思っているみたい。

学食にも、ロビーにもいない私達を、皆は「二人きりで、空き教室かどこかで、いちゃついている」と思っているみたいで、亜依子からも「正直に言いなよ」と言われたけど…。


そんなんじゃないのに…。


私達は、長い休み時間や講義のない時間は、宗像教授の部屋で、本を読んでいるだけ。

確かに、教授がいない時は、二人きりだけど。
付き合っていないから、二人きりでも、ただ本を読んでいるだけで。

伊勢田君は、そんな陰口や噂を迷惑に思ってないのか、心配だったりする。
せっかく友達になれたのに、つまらない噂で、会話がぎこちなくなったりしたくないから。

「ねぇ、陽光君。これ、解りやすくていいね。」
「言志四録だね。最初の頃に読んだよ。教科書にすればいいのに、って思ったぐらいだよ。あ、この六祖壇経も、僕は面白くて好きなんだ。」
「どんな内容なの?」
「恵能がね…」

こんな会話をしてるんだから、カップルなわけないのに。
だから、宗像教授も安心して「二人きり」を、残したまま出掛けて行くの。

「ただいま。」

午後からの授業の為、宗像教授が戻ってきた。
伊勢田君は「strawberry tea」を3人分ポットに入れて、可愛いカップに注いで出してくれた。
ふんわりと甘い香りが、部屋いっぱいに広がっていく。

「教授、どうぞ」
「やぁ、ありがとう」
「住吉さんも、どうぞ」
「ぁ…ありがとう。」

彼は、紅茶を上手に入れてくれるから、私が入れるよりも美味しい。

「伊勢田君…予定していた学校へ、卒業後に行ってくれる気持ちは、変わってないかな?」
「僕みたいな人間が、教師になっていいんですか。」
「理事長先生がね、君を気に入っているんだ。明るくて天真爛漫な子や、スムーズに生きてきた人よりも、荒波にのまれながらも、必死に生きている君のような人がいいんだと。」

宗像教授は、窓の外を見つめて悲しそうに、顔を曇らせた。

「いろんな生徒がいるよ。悩みを抱えてる生徒も多い。そんな様子の子に、私は声を掛けて、ここに来るように言うんだが…。来ても、本なんか読もうとしない。
そして、二度と来なくなるんだ。辛いことや、悲しい事を、遊びや異性や飲酒で誤魔化して、気が晴れるから…結局、そのままの生き方なんだよ。再び、嫌な事があったら、同じように気を紛らわす。
結局…逃げてるだけで、成長していないんだ。…伊勢田君…君は、本当に、頑張ってるよ。投げ出したりしないで、必死に向き合ってきた。」
「それは、宗像教授と奥さんのおかげです。僕は、死ぬ前に、納得して死ぬつもりで、教授を訪ねたんです」
「でも、死ななかったのは、君が逃げなかったからだよ。読んだ本の意味を、考えて考えて、君は、自分が立ち上がる基礎にしていったんだ。
私はね、皆に、そんなふうに強くなって欲しいから、君を理事長先生に紹介したんだ。君なら、これからの子ども達を、正しく導けると思うからね。」

二人の会話をじっと聞いていて、宗像教授の伊勢田君への愛情を強く感じた。本当の親よりも、愛情深いように思う。

「宗像教授、伊勢田君を教師にと言う学校は、どんな学校なんですか。」

そんな教育熱心な学校、隣町にあったっけ。

「所謂、進学校ではなくて、人間としての向上意識を持たせる為の学校だ。」
「人間としての、向上意識?なんか固っくるしそうですね。」

私の発言に、伊勢田君がクスクスと笑った。
えっ?笑うとこ?

「住吉さんが、堅いって。」
「もう!笑わないでよ。」
「僕は、宗像教授のおかげで、いろんな考えて方があるって教えて貰ったんだ。トラブルとかアクシデントに会っても、いろんな角度から考える事ができたら、ただ苦しくて辛いだけじゃないって、前向きになれるんだ。考える為には、まだ独りでじっくり考えないといけないけどね。」
「この間も、そうだったの?」
「そう。迷ったり苦しんだりしながら、考えていたんだ。どういう意味があるんだろうか。なんの為の出来事なんだろうかって。ただ、辛いとか、付いてないとかじゃなくて。それはね、自分で自分を救う方法なんだ。」
「え?自分を救う方法?」
「そう。辛くて苦しくて、逃げ出したくて、誰か助けてって、思うよね。」
「うん…。」
「話を聞いてくれたり、一緒にいてくれたり、慰めてくれたり…助けてくれる。確かに気持ちは、楽になる。
でも…。解決には、なってない。支えになってくれてるけど。」

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