小説・陽光に包まれて

□ともだち
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「いらっしゃい。」

訪ねてきた私と伊勢田君を見て、宗像教授と奥様は“何かあった”と解っても、顔色を変える事なく、穏やかな笑顔で迎え下さった。


「何にもないけど、召し上がってね」


ダイニングに案内され、奥様が用意して下さっていた夕ご飯を、2人並んで頂いた。

大根の煮物を口に入れると、ホロリとくずれて、出汁が口の中に広がっていった。
ホッとしたのか、苦しかった胸の固まりが緩やかに解けて、涙がはらはらと零れ落ちていく。


「美味しい…ね」

「うん。僕も、よく泣きながら奥さんの料理を食べたよ。」

ゆっくりと伊勢田君の手が伸びてきて、私の頬の涙を拭った。

「そ、そうなんだ。…温かくて、優しい味だね。」


そう。中学生の時にここでお世話になってたんだよね。

温かくて優しい味。
お母さんの愛情の塊みたいなお料理は、寂しい気持ちや、苦しい気持ちを包み込んで解きほぐして…幸せな気持ちにしてくれる。

それと共に、伊勢田君に触れられた頬が熱くなって、胸にはキュンと甘い痛みが走って切ない気持ちになってしまった。





夕御飯を頂いた後、
私の身に起きた事を宗像教授に伝えた。

私達の心の成長を望み、気にかけている宗像教授にとったら、本当に悲しい事なんだと思う。

見たことがない程苦悩に満ちた表情をされ、その手は微かに震えていた。

奥様は、包帯を巻いた私の手を包み込み、撫でて涙ぐんでいらした。


「君達の気持ちは解るけれど、学長に黙ってる訳にはいかない問題だね。本当に、良くないものが入っているのならば、警察に相談もしなければいけないし、彼らを処分しなければいけないからね。」

宗像教授は、私を見つめて申し訳なさそうに告げた。

「処分…。退学になるんですか。」

私が話した事で、亜依子や健太郎達が、警察に連れて行かれるかもしれないし、退学になるかもしれない…。
そんな事は…嫌だ。

「学長と先生方で、話し合って決まる事だよ。
僕一人では、どうにもならないんだ。」

「…亜依子達は、悪くないんです!…全部、涼介のせいなのに…。」

「処分する事が目的じゃないよ。
自分達の弱さを見つめ直して、変わる覚悟と意志を持って貰わないと、処分された恨みと、僕に伝えた住吉さんへの怒りが残るだけになるからね。
そこを、きちんと導いてあげないと、意味がなくなってしまう…。
本当に急がないといけない。
これから先の事は、僕に任せて欲しい。」

「はい。」

「大切な娘さんが、大学の友達に怪我をさせられたんだから、ご両親も心配される。今夜は、僕達が自宅に送るよ。
陽光君、構わないかな。」

「はい。ご迷惑をおかけします。」



私は、宗像教授ご夫婦に付き添われる形で、帰宅する事になった。


結局、両親と宗像教授が話をして、明日に学長に報告する事になった。

母は、亜依子の事を心配していた。
心配しながらも、今後私に影響がないか気にしていたから、宗像教授は

「きちんと指導するのが、僕の仕事ですから安心して下さい」

と説得して下さった。

父は、私の火傷した手のひらを包んで、

「怖かったね。不安なら、暫く休んでいいんだぞ」

と抱きしめてくれた。

温かい家族…。

この間までは、周りは冷たくて寒かったのに…。
季節は冬になると言うのに、私の周りは温かくなってきている。

ううん、家の中は、
きっと前から温かったのに、私が気が付かなかっただけなのかもしれない。

幸せなのに、気が付かなかったんだ…。




宗像教授ご夫婦が帰った後…両親には、疲れたからと自分の部屋に駆け込んだ。

一人で、誰も待っていないアパートに帰った伊勢田君。

宗像教授ご夫婦の愛に支えられながらだけど、一人で頑張っている彼が「温室育ち」の私を心配して…。
さり気なく、涙を拭ってくれた…。

思い出したら、胸の奥がキュンと鳴いて、涙が滲んだ。

どうして…。


伊勢田君は友達だから、優しくしてくれるのに


『伊勢田の事、マジ好きになったら、あたしに言ってよ。あんたが、伊勢田を好きなのに、親友関係のままで2人きりでいるのが辛くなったら、私達が支えるから。ね。』

亜依子の言葉…。

でも、今の亜依子には、話せない…。




もっと、傍にいたかった、ずっと手を繋いでいたかったのに…。

今、自分の部屋に一人…。

逢いたい…よ。



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