小説『記憶』

□遥か彼方からの切ない記憶
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「こちらが、菊田志織さんです」
「菊田です。」

シュウは、菊田志織を見た途端に、心がざわざわした。

『…なんだ…この感覚は』

自分でも 解らない感情が体中に広がった。

「宇佐愁星です。本当に、ありがとうございました。」
「熱田誠志郎です。あの…俺が悪いんです。なのに…本当に…あんなに、お世話になって…」
「いえ…本当に、お二人とも、お元気になられて良かったです」

事務所の手配で、菊田志織と食事会が用意されていて近くのレストランに三人で向かった。

シュウは、菊田志織が気になって仕方なかった。

「…なんなんだ、この気持ち」

否定してみたが気になって気になって仕方なかった。
一緒に来ている小学生の真澄も気になる…いや、気に入らない。

「おかしい…」

自分の感情が掴めなくて困惑していた
ギュッと、胸が痛くなる。

「宇佐さん?」

熱田が声をかけた。

「えっ?」
「疲れましたか。」
「いや…」
「でも」
「…大丈夫だよ」

菊田志織をみると 切なくなって混乱してしまう。
事故を起こした責任感で、熱田が終始シュウと菊田志織を気遣いながら、場を盛り上げたせいで、不可解な感覚もあまり気にならなかった。
食事会がお開きとなり
志織を駅まで見送りに行った。

「私、何もしてないのに、こんなにして頂いて申し訳ないです。でも、お二人に逢えて本当に嬉しいです。ありがとうございました。」

志織は、深々とお辞儀をして真澄の手を引いて改札へ向かった。

『やっと、会えたのに』『ここで別れたら、もう会えないのに』
シュウの胸の中に、切ない気持ちと思いがドンドン広がって行く。
でも…どうしてなのか、わからない。
気が付いたら、呼び止めていた。

「あの!…メルアドとか教えて貰っていいですか」
「えっ?…はい。喜んで」

志織のメルアドと電話番号を手にしたシュウは、気持ちが落ち着いたのか、笑顔で見送った。

「じゃあ、気をつけて」
駅を後にして、熱田とタクシーに乗り、暫くすると、体中に悲しみと不安が広がって行く。
涙が自然とこぼれ落ちて止まらない。
悲しみと恋しさで一杯になって、倒れてしまいそうなくらい苦しくなっていく。

「宇佐さん?」

心配した熱田が、顔を覗き込んだ。

「まだ、体調よくないんですか」
「違うんだ…」
「え?」
「解らないんだけど…苦しい…」
「医者に行きまょう!」
「…このまま、帰るよ」
「でも、後遺症だったら」
「…違う…違うんだ」
「でも」
「本当に…大丈夫だから」

熱田は、心配して家まで送ろうとしたが、シュウは、一人になりたかった。
混乱していて、却って熱田に迷惑をかけそうだったから。

自分の部屋に帰ると、崩れ落ちるように 座り込んだ。
涙が溢れて、声をあげて泣いていた。

とぅるるる

無意識に志織に電話をしていた。

「はい」

驚いたようなこえが聞こえる。

「…宇佐です」
「早速お電話貰えるなんて、嬉しいです。」
「いえ…」
「宇佐さん。どうかされたんですか。なんだか、声変ですよ。体調良くないんですか」
「いや…あの…」

新幹線内にいる志織が目に浮かんだ。
どんどん自分から離れていくんだ。そう思うと苦しくなる。
そんな自分に戸惑いながらも、電話を切れないでいた。

「あの…俺」

ブチ

トンネルに入ったのか
電波が途切れ電話が切れた。
『どうして…』
『やっと、会えたのに…』
胸の中にいろんな思いが広がって、止まらない。
『逢いたかったのに…』『どこにも、行かないで…離れたくないのに…』電話を握り締めたまま うなだれているシュウの前に、
ケルビムが少年の姿で現れた。

「…ケルビム」
「シュウ」

ケルビムは、シュウを黙って抱きしめた。

「…」
「苦しいよね。」

シュウは、力一杯ケルビムに抱きついて泣いた。
「君の、その苦しみはね」

ケルビム★は、話し始めた。

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