小説『記憶』

□揺らぐ決心
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記者会見が行われた。
シュウと熱田は、スピード違反からの事故を詫び、ファンに心配を掛けた事と業界全体に迷惑を掛けた事を詫びた。

次の新しいレギュラーなどが決まるまで以前のように忙しくない。
ケルビム★に言われたように、古典を読んだり
絵画を鑑賞したりの日を過ごそうとしていた矢先

「宇佐さん、伺って良いですか」

熱田から電話があり、事故のお詫びをしたいから、訪ねたいと言う。

小さなワインとデパートで買った惣菜などを抱えて彼は訪ねてきた。

「宇佐さん…改めて、本当にご迷惑をお掛けしました。」
「熱田君」
「治療費とか、仕事をキャンセルした保証とかも、保険から何とか出してお支払します」
「うん…解った。ありがとう。でも、君も今は、仕事がないし、無理はしなくていいから」

事故にあった事は、最悪な事だったが、
そのおかげで菊田志織に出逢えたし、今まで忙し過ぎて、自分の技術やメンタル面を成長させることができなかったが、
そんな時間を持てる事ができるのは、有り難かった。

「随分、本買い込んだんですね」
「うん…。全部完読したい本なんだ」
「ぺきげんろく?」
「碧厳録へきがんろくだよ」
「あっちゃー。難しい本ばっかしですね。脳トレ代わりですか」
「まぁね。熱田君は、どうするの?」
「今まで忙しくて出来なかった、歌作りをしようかなっと」
「歌を作るの?」
「ええ。宇佐さん、一緒に音楽しませんか。歌、半端なく上手いし」
「我流だよ。、ちゃんと、習ってないからな」
「いや、でも、上手ですよ」

歌を歌ったり、語ったりしていた尊だった。
ケルビム★の言葉を思い出していた。

「宇佐さん?」
「声楽とか、習ってみたら何か変わるかな…。」「キャラソンの感じ、変わっちゃいますよ」

そう言えば、ケルビム★は、どうしているんだろう。なんだか、この間 変だったな…。
シュウは、気になっていた。
長い間 現れないことは、何度もあった。
しかし、今回は別れ際が、何となく 寂しそうだったのだ。

深夜になる前、免停中の熱田は最終電車で帰って行った。
夜空を見上げても ケルビム★は、現れないが
呼んでみた。

「ケルビム★」

なんだか、もう会えないような話しぶりだった。そんな風には、思いたくないが…胸の中に寂しさが流れ込んで、たまらなくなった。
♪〜

メール。菊田志織からだ。

“記者会見見ました。顔色が、良くなっていて安心しました。応援してますから、頑張って下さいね”

『この人なら、解ってくれる』
『きっと、解ってくれる』
そんな気がしたのだ…。
無意識に、志織に電話をしていた。

「こんばんは。」

菊田志織の声は、魂に伝わる。何万年も、追い続けた人の声だ。

「あの…。」
「どうしたんですか?元気ないですね」
「あの…」

声を聞くと、涙が止まらない。

『逢いたい』
『逢ったら、この寂しさは、癒される』
『この人に聞いて欲しい』

思いが広がっていく。

「明日、そちらへ伺って良いですか」
「え?…」
「朝一番に出ますから、お昼頃過ぎに着きますが…あなたに、聞いて欲しい事があるんです」
「今じゃだめなの?」
「長くなるし……」
「うん…解りました。ただ、私は明日、行こうと思っていたところがありますから、そこでもいいですか」
「はい」
******
小さな駅の改札で、菊田志織はシュウを待っていた。

「すいません。急に」
「いえ。私こそ、こんな田舎の駅を指定して、本当にごめんなさい」

2人は、長い田舎道を歩いた。
「先日、ここにまつわる謎が解けて、どうしても今日来たかったの」
「謎?」

少しきつめの傾斜を登る。長い坂道を登りきると、380度 村を見渡せた。
「甘樫丘?」
「私ね、大学生の時に、ここに初めて登ったの。あれが畝傍山、向こうが耳成山、こっちは、香久山、初めてここに立った時から大好きで、初めてじゃなくて前からよく見てた感覚があったの」
「え?」
「聖徳太子って好きだったけど」
「うん…」
「ずっと気になってたのよ。そしたらね」
「ん…」
「私の尊敬してる方が言ったの。君は、聖徳太子に直接逢った事がある太子の親族の一人だった前世があるねって」
「え…」
「頭おかしいって思うよね。こんな話」
「…いや」
「でもね…言われて、なる程なって納得できたのよ。ここから、人々を見ていた感覚は、気のせいじゃなかったって。そうだとしたら、蘇我家なるんだけどね」
「…あの…」
「え?」
「それだけ?」
「何が?」
「それだけなんですか。菊田さんは、俺に逢って何も思わないんですか」「…え?」
「俺は…俺は、あなたに逢って、悲しくて、切なくて苦しいのに、あなたは、何も感じないんですか!!!」
「…宇佐さん…」

続く

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