小説『記憶〜分岐点からの道』

□呪縛と意志〜食らいつく執念
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志織は、シュウの両頬を両手で優しく包んだ。

「ぁ…」
「いつまで、過去に振り回されているの?あなたは、宇佐愁星さんとして生きているんでしょ?過去の誰かさんの、怨みと悲しみを晴らす為に生まれてきたんじゃないはずよ」

優しく、優しく、子供に伝えるように、真っ直ぐ見つめて志織は伝えた。

「過去世で、私があなたを置き去りにして、あなたを傷つけたとしたら、本当にごめんなさい。辛くて苦しかったでしょうね。
でも、過去のあなたは、どうして私と同じ様に生きようとしなかったのかしら。」
「ぇ…」
「私が進んだ道には、行きたくなかったけど、二人が居た道に連れ戻したかったのかしら。
…どんなに仲良しでも、心は自分の思い通りには、ならないのよ。
戦いだって、家族を守る為だったかもしれない。国から強制的に行かされた事だってあるはずよ」

シュウは、志織をしっかりと見つめた。

「戦いに出る方は、喜んで戦ったと思う?
死を覚悟して愛する者を残して、飛び交う矢や玉の中必死に戦って…。
一人で死んでいく時は、どんな気持ちだったでしょう。」
「…くっ」

シュウの、瞳から涙が溢れ出し、志織の両手を跳ね除け、その両肩を掴んで睨みつけるように見つめた。

「違う!そんなのは、嘘だ。あなたは、いつだって国や民の為ばかりに生きてきた!
俺なんか見てなかったんだ。
いつだって、俺よりも大切な物があったんだ!!
だから、平気で捨てていったんだ!あなたは、俺なんか、大切じゃなかったんだ!!」
「前世の私が、あなたを平気で捨てたかは解らないわ。でも、国が滅んだら、大切な人だって幸せにできないじゃない。
結局は、捨ててないのよ」
「違う!例え世界中が滅んでも、愛する人がそばにいて充分に愛されたと言う思いがあったなら、死んだって幸せだよ。
いつも、二の次三の次で、天秤に掛けて捨てられて、苦しみながら生きたって幸せじゃない!!」
「…!」
「あなたは、神や国や民の為に生きて、自分の正義感を満たしたんじゃないか!!」
「ちがう…ちがうわ…」「どうちがうんだよ!!
例え神の為に死んだとして、民を守る為に死んだとして、死んでいく方は、満ち足りているから、捨てられた側の気持ちなんか、忘れてるんだ!!」
「…」
「だから…だから、俺の前世の記憶なんか、あなたには、無いんだ!!
家族とか…恋人とか…どうでも良かったんだ!!」
「…」

シュウは、志織をじっと見つめた。

「だから、今回は…俺だけを見てよ…俺だけ」
「……ごめんなさい。今、私には家族がいるから……できないわ」

「俺は何回も捨てたのに、今の家族は捨てられないのか…。俺は、なんなんだよ…」
「…宇佐…さん」
「嫌だ!絶対離さない!…いやだ…いやだよ。
離れたくないよ…ケルビムの言うことなんか聞けないよ!」

「宇佐さん…いつだって、応援してるから…一人じゃないから。」
「…いやだ…」
「…会いに行くから…」
「…」
「…あなたの魂の…傷が癒えるまで…そばに、いるようにするから…会いに行くから」
「…俺が、逢いたいときに…逢って…」
「…うん…努力する。…寒いし、もう暗いし帰らなきゃ…」
「…」

シュウは志織の手をきつく握りしめた。
宇佐愁星。憧れの声優。志織より10才下の男性。その人が、前世に何回も恋人だったと言うのは、嬉しい話だが、自分は幸せにすることなく、大義に生きる為に何度も捨てて泣かせたのだと言う。

今日初めて、シュウから聴かされた前世は、志織は随分前に、尊敬する人から聞いて知っていた物と全く同じだったから、シュウの話を嘘だとは思わない。
しかし、恋人がいたとか細かい事は教えて貰っておらず、
どの時代も国や民の為にひたすら生きて、自分の欲望など捨てて救済の旅や戦いの連続だとは知っていた。
国民や世界中の人の幸せの為に生き貫いて死んだと…。

恋人がいたなんて、思わなかった…。
死を覚悟しての別れを告げだのだろうが…。
いつの時も、相手は…シュウは捨てられたと思ったのか。

『私は、何万年の間…この人を何回も泣かせたんだ…』

すがりつくように握られた手…。
自分の息子の真澄と同じような幼さを感じた。
しっかりと繋いでいるが、微かに震えている手からは、今にも壊れそうな儚さが伝わってきて、
志織は、シュウの手をぎゅっと握った。

「志織さん…?」

憧れの声優…シュウは、不安な目で志織を見つめて震えている。
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