小説・陽光に包まれて

□friend
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夕方、宗像教授の部屋を訪ねたら、教授は黙って私を招き入れてくれた。「どうぞ」
この間、伊勢田君が入れてくれた“教授の好きなstrawberry tea”が、カップに入れられて出された。
「ありがとうございます」
「伊勢田君と何かあったのかい?」
「何もないです。」
「そうか。あの子が、君を連れてきた時は、嬉しかったんだ。」
「え?」
「初めてなんだよ。あの子が、友達を連れてきたのは。
僕はね、最近彼に、助けてあげたいと思う人がいたら、君が助けになってあげなさいと言っていたからね。」
「どうして、ですか」
「君は、あの子には両親がいない事は」
「知っています。伊勢田君に聞きました。」
「彼が、話したのかい?」
「はい…。」
「そうか。」
宗像教授は、微かに笑って優しい目で私を見つめた。
「何が、あの子を変えたんだろうか。」
「え?」
「そんな事も、自分から話すのも、今まではなかったんだよ。」
「…え?」
「君は、今までの友達とは、違うのかもしれないね。あの子にとって。」
「どういう意味ですか…」
「しっかりと、受け止めて貰えるか解らないけど。」
宗像教授は、悲しくて苦しい目で…ゆっくりと話し出した。

事故で亡くなったご両親は、中堅の薬品会社を経営している、会社の社長と副社長だったと言う。
事故後は、社長であるお父さんの弟が、急遽社長に就き、経営が混乱する事はなかった。
一人残された伊勢田君は、可愛がってくれていたお父さんの弟である叔父さんと、お母さんのお兄さんである叔父さんの、両家が引き取ると言ってくれた。
でも、話し合いをする前に、ある日社長になった叔父さん一家が、突然伊勢田君の家に越してきた。
叔父さんは、伊勢田君を可愛がってくれたが、
ご両親の遺産が入る話を聞き、「まだ中学生だから、叔父さんが管理してやる」と言いだしたとか。
それを知ったお母さんのお兄さんが、心配して自宅に訪ねて来るようになった。
その為に、社長になった叔父さんとお母さんの方の叔父さんが、もめていたらしい。
その喧嘩は、次第に大きくなり、両親を一度に亡くした伊勢田君には、苦しくて耐えられないものになったらしく、伊勢田君は叔父さん達に暴力を奮うようになった。
お母さんの方の叔父さんは、責任を感じて体を壊してしまった。
伊勢田君は自殺を決意して、死ぬ前に、心の支えにして読み始めていた宗像教授を訪ねてきた。
初めてあった少年だったけど、一目見ただけで、かなり精神的に追い詰められている…と感じた宗像教授は、弁護士さんや親族と連絡を取り話し合い、保護責任者となり今に至っていると言う。
ご両親が残してくれた遺産は、伊勢田君と弁護士と銀行とが相談をして管理運営していると言う。
これで、親族に騙し取られる事も無くなったけれど。
信じていた叔父さん達の裏切りが、心に大きな傷を残してしまったみたいだ…。
両親を一度に亡くした孤独感と虚しさ、親族による裏切りによる不信感が、波のように襲ってくると言う。
そんな日は、宗像教授と宗像教授の奥さんが、一日中抱きしめて優しく話しかけていたと言う。

高校生になって、迷惑をかけたくないからと、伊勢田君は今のアパートに引っ越した。
宗像教授と宗像教授の奥さんは、心配で様子を見によく訪ねるらしい…。
大学では、友達も出来て、女の子に囲まれたりしているようになって、少しは元気になったのかと安心していたのに…。

宗像教授は、残念そうに私を見つめた。

「毎日、ここに本を読みに来ていたんだよ。苦しくなるとね、答えを探しに、あらゆる本を読み漁っていた。
友達ができても…あの子を好きだって、女の子もいたけどね…優しくしてくれても、あの子は信じきれずに、必要以上立ち入らない関係のままで…進展しないんだよ。
優しい子だから、人の嫌がる事もしないし言わないから…友達もできるけど、親友迄にはなれない。相手が、あの子を信じても。」
「伊勢田君は、誰も信じられないんですね。」
「そうだね…」
「でも、宗像教授の事は…」
「頼りには…してくれているよ。でも本心は、不安を感じながら接しているみたいだ。
いつか、僕らにも裏切られるんじゃないかって、不安に思いながら…」
「そんな…」
「信じないんじゃなくて…いつか裏切られるんじゃないか怖くて不安だから、信じないようにしているんだと思う。…仕方がないんだ。
まだ中学生の時に、一度にあんな辛い出来事に遭ったんだから。」
「…はい」
「最近は、一歩立ち直ったように見えたんだ。
卒業後の就職先も決まったし。」
「就職先?」
「僕と同じ気持ちで、教育をしている人の…学校の教師にね。」
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