小説・陽光に包まれて

□魂のきらめき
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「今、先が見えなく、希望も感じられなくなり、ぼんやりと毎日を送ったり、ヤケになって無茶をしてる学生もいると聞きました。
また逆に自分を奮い立たたせて、次々と採用試験に挑戦してる学生もいるとも聞いています。」


そう、無茶をした亜依子達と、ぼんやりと毎日を過ごしている私…。


「この出来事を、不運だとして自分で不幸のきっかけだとしてしまうか、飛躍のきっかけにして、一生の生き方の基礎である宝物にするのかは、自分自身の考え方次第なんだよ。

世の中が悪いからと諦めるのは、簡単だけど。それでは、納得できないままだから、いつまでもスッキリしない。

もやもやした気持ちで、何もできないまま、躓いたままになってしまうね。」


躓いたままだよね…。


「今のままで、いいと思うかな?嫌だよね。辛いし苦しいし不安だし、誰か助けて欲しいけど、誰にも助けることなんかできないんだよ。

話を聞いて貰ったり、慰めて貰ったり、寄り添って支えて貰う事はできても、助け出す事はできないんだ。」


以前、伊勢田君もそんな事を言っていた…。
結局は、自分が強くならないと何も変わらないんだ。


一緒に本を読んでいるけれど、私は強くなれているのかな。



「友達と寄り添ったり、苦しみや悲しみを紛らわす為に、酒を飲んだり、遊び回ったり、異性に夢中になったり。
大人でも、ストレス解消としてよく似た事もするけれど、気分転換であって、解決策にはならない。
小さな躓きなら、気分転換で解消されるけれど、絶望感をもたらした躓きは、そう簡単には、救われないんだ。」


不景気による「職につけない将来への不安」は、どうしたって拭えないから…。

私達は、学生で非力だから、群れて騒いだりして気を紛らわすしかなくて…。

だけど、独りきりになった時に、不安は波のように押し寄せてきて、のまれてしまいそうになる。

怖くて、辛くて、胸が痛くて。

この暗闇が、一生続いて行くような恐怖に包まれてしまうなら、波にのまれて死んでしまった方がいいかもしれないと、思ってしまう事もある程で…。


愛子達も、そうだったのかもしれない。

バイトがない日は、健太郎の家に集まって、飲んで騒いで。
それでも晴れないから…涼介がくれる煙草に夢中になったんだ。

涼介…。


いつも、複数の女の子を抱く事に夢中で…。


涼介も、何かから逃げていたのかもしれない。



解っているから、宗像教授は、皆を救おうと言葉を尽くしてくれている。

罪を犯した子達も、掴まえて、しっかり立てるまで見守ろうとしてくれる。

…なんて人なんだろう。どうして、そんなに温かいんだろう。



「今の君達には、難しい事かもしれないけれど、足元を見ている目を上げて、世間を見て欲しいんだ。

不況かもしれないけれど、命を取られる訳ではない絶望的ではない環境だから、自分を変えたり向上させられる物は、沢山あるはずだよ。」


確かに、総合職の採用を取り消された子達で、放課後から専門学校に行ってる子がいるらしいし、アルバイトでの採用を狙って、バイト先の仕事内容を勉強し始めた子もいる。


「可能性を、自分で壊したり諦めなければ、まだ道はあるんだ。
力のない魂であっても、例え考える気力がなくても、できる事はあるんだよ…。」


宗像教授の声が、微かに震えている。

なぜ?


「僕にも、絶望したことがあったよ。随分と昔に長い間ね。
暗闇から抜け出したくても、抜け出し方が解らなくて。」


宗像教授にも、そんな事があったんだ。


「…弟さん、若くして亡くされたんだよ。」

「え?」

隣から、小さな声で伊勢田君が呟くように言った。


「学生が暴動を起こした時代の話で、高校生だった教授と中学生だった弟さんが、たまたま通りかかった大学近くで、巻き込まれて。
学生の群れにもみくちゃにされて。
事故じゃない、殺されたんだって…。
ご両親は…優しい人だったから、ショックで壊れちゃったって…。
随分前に、奥さんが話してくれたんだ。」

「そうなの…。」


大学生の暴動で弟さんを殺されたのに、大学で教師をしているなんて…。


宗像教授は、何冊かの古典の本を手にした。

「そんな時に出会ったのが、これらの書物だった。
遥か昔の人々も、時代の流れの中で、自分の生き方を模索していたんだよ。
将来の自分の生き方を悩む苦しさも…また、恋する気持ちも、人間の弱さは、昔も今も変わらないんだよ。」


くるりと静かに背を向けて、宗像教授は黒板に何かを書き始めた。

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