オブシディアン

□面映ゆい朝
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瑞々しく軽やかな鳥のさえずりが聞こえる。
もう朝なのか、と黒鋼は瞼をゆるりと開く。すっきりと目覚めずに眠気がまだ残っているのは、眠るのがつい遅くなってしまったからだ。身動いだ黒鋼の鼻先を、傍らで眠るファイの金髪がくすぐった。
やっと、この『店』に来られた。
旅の一行が店に来たことを心から喜び歓迎した店主が、彼らの滞在の為にと部屋を用意してくれたのだが、黒鋼とファイは当然のようにふたり一緒に一部屋に通された。
心得ているように微笑む若き店主、四月一日の配慮にすっかり甘えてしまい、旅路の中での休息のようなこの時間は、なかなか存分には触れられない互いの身体に没頭させた。数時間前まで火照る肌を重ねて、気怠さの残る身体は寝衣をかろうじて纏ってはいるものの、ふたりともほとんど裸のままだ。
「んー……」
ファイもすぐには起きられないらしく、ぐずぐずと身体を丸めていたが、やがて蒼い双眸を見せる。
「……黒様、おはよ」
「おう」
「いい匂いがする。四月一日君、朝ご飯を作ってるんだね」
「そうだな」
「小狼君はもう起きてるだろうな。モコナはまだ寝てるかも」
「朝飯の匂いを嗅ぎつけたら飛び起きてくるだろ、白まんじゅうは」
ふたりは身体を寄せ合って笑う。
「……そろそろ起きないとね。四月一日君を手伝いたいし」
ファイは布団からのそのそと抜け出すと、四月一日が用意してくれた、この国の服に着替え始めた。阪神共和国やピッフル国で着た服と同じように、着やすくて動きやすい作りの服だ。
手早く着替えを済ませたファイは慣れた手つきで髪の毛を結わえて纏める。ファイが髪の毛を結うこの動作を黒鋼は好んでおり、つい見入ってしまう。不思議と色気を感じるからだ。
「なんでニヤニヤしてるの」
「あ?」
「もう……黒様も服を着なよ」
黒鋼の分として四月一日が調えてくれていた服をファイは掴み、黒鋼の胸元にそれを押しつけるようにして急かす。
ファイの性急な行動を訝んだ黒鋼だが、押しつけられた服と自分の上半身を見て納得する。服で隠れる部分をしっかりと選んではいるが、肌のあちこちにファイがつけた真新しい赤い跡が残っているのだ。
「またニヤニヤしてー」
「そりゃあな」
「ほら、服を着てってば」
ぐいぐいと服を胸元に押しつけてくるファイの手を、黒鋼が掴まえてそのまま身体も抱きしめてしまうと、ファイは頬を紅潮させてじたばたと焦る。
「も、もうっ!」
おまえの仕草の一つ一つが自分を心地好く刺激するのだとファイに伝えたら、どんな顔をするのだろうかと黒鋼は思う。見てみたいが、それを言葉に出来るほど舌が回りそうにない、不器用な口だ。
余裕のないファイをもう少しだけ堪能したら、素直に身支度をしよう。世話になっている身なのだから出来ることは手伝いたいと、黒鋼も思っている。
猫のように足掻いて抵抗を見せる細身を更に抱きしめると、ファイは呆れたように黒鋼の肩に額を擦りつけ、敵わないよと愛しそうに呟いた。

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