ラピスラズリ

□揺らぎ
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ひらひらと踊るその指先に触れた。
そう、思ったのだ。



「…蒼石とやらがあの夜叉像の謂れを話していて『阿修羅』の名が出た」

「その時顔色を変えたのは何でだ?」

問うたところでファイは何も答えないだろう。それは黒鋼も分かっている。
目を凝らして掴んだほんのわずかな欠片で、ファイの『殻』をどれだけ打てるのか。
ファイの心を乱すものを黒鋼は知りたかった。知ってどうするのかは知ってから考えればいい。
ファイを絡めて揺らがせる圧倒的な存在。ファイが逃げ続ける理由。その理由に黒鋼は自ら関わろうとしている。
自分には関係のないことだ。黒鋼が関わることをファイ自身も望んでいない。下手をすると拒絶されるだろう。
急いてはならない。
踏みにじってはならない。
ファイが自身と他人を分かつ為の殻も完璧なものではないのだから、不安定な揺らぎは必ず在る。そこから引きずり出せるはずだ。

強くなれば全てを守れると思っていた。
しかし力ずくで掴もうとするとファイの手はするりと逃げていく。これではいざという時に守れない。けれど力で守る以外の守り方を黒鋼は知らない。

そうして、知ることも守ることも出来ずに、桜都国で奪われた。

大切なひとの心を守ろうとしたことがあっただろうか。今になって何故こんなことを考えるのか、何を迷うのか。
らしくないと自分でも思うのだが、小狼とサクラとモコナと、それからファイと、共に過ごした時間はまだ少ないけれど、それでも黒鋼は自分自身の緩やかな変化を感じていた。いや、もしかしたら忘れていたことを思い出しているだけなのか。
傍にいて、話して、一緒にご飯を食べる、たったそれだけで守りたいものが増えていくというのも自然なことだったのだろう。

ファイの手はまだ掴めないまま。

蒼石が朝餉の誘いに来たことで話は途切れた。
黒鋼は何も言わなかったが、ファイから視線を外さずにいた。
今はこれが限度だろう。
今は。
自分の中に変わったものがあるのなら、ファイの中にも変わりゆくものがあるのかもしれない。
ファイは語ろうとはしないだろう。それでもファイの手を掴もうとするのなら黒鋼は見つけるしかない。ほのかに揺らぐ蒼い目を、黒鋼は見つけていくしかないのだ。
日本国に必ず帰る、その目的とは別に黒鋼はこの旅の理由を、旅の同行者達に、そしてファイに見出していた。



「…まいったなぁ」

「見てないようで見てるんだから」

ファイの独り言はファイ自身に深く、深くゆっくりと沈んでいった。

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