オブシディアン

□獣
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足りない。
まだ足りない。
全部寄越せ、と。

インフィニティでの『チェス』に投じて少し経った頃。
情事の間、ファイは声を放たなくなった。噛みしめる様にして息だけを零す。
互いの身体は傍に在り、互いの心は遠くに在った。
「…………、う……っ」
鈍い刺激がファイの身体の中で震えている。
黒鋼は早々にその器具をファイの中に押し込み、口移しで錠剤を呑ませた。そういった道具は、この国では簡単に手に入った。
自分勝手で乱暴な抱き方をしていると自覚している。
言葉も感情も渡さずにただ、自身の快楽を追う為だけに成り下がった行為は至って淡白で、それでも本能に抗がえない自分達は惰性で抱き合う。
余計なものは要らない、処理出来る分だけでいい。
何をされても痛いとも嫌だとも言わない、何も言わないこの男の。
冷えた感情を楯に決して飲まれまいとするこの男の。
どうしようもなく乱れる姿が見たくなった、それだけの話だった。
ファイの身体の中をひっきりなしに掻き乱していた器具を、黒鋼がずるりと勢いよく引き抜くとファイの身体はびくりと跳ねた。
がちゃりと、それを床に投げ落とすと同時に、黒鋼は自分自身でファイの身体を一気に貫く。
部屋のブラインドは閉めていない。監視されているのだと知っていながら、見られてもどうでも良いことだとファイは言い切った。
言葉も何もかも少なくなってしまったのに、ふたりは身体を重ねている。
時には毎夜。
自身を傷つけたいのか、
自分達のこの、歪んだ関係を『誰か』に見せたいのか。
「苦しいだろうな」
「…………っ!」
「……好きなだけ耐えてろ」
黒鋼の両手がファイの腰を押さえつける。そのまま強く強く奥まで突き上げると、ファイの蒼い右目が大きく開いた。
自分の体内を走り抜けるものから逃げられるはずがないのに、それでも逃れようともがくファイを黒鋼は逃がさない。
痛みも泣き声も喉の奥底に飲み込んでしまうつもりなら、無理矢理にでも吐き出させてやる。

「……っ、ひ、ぐ……ぅ……っ!」

一瞬、わずかに、金色の目が見えた。

追い立てて走らせてようやく絞り取ったその声はまるで、獣の、

獣の、呻き声。

例えるとしたら、それに近かった。

視線は交えぬまま。
言葉は潜めたまま。
想いは秘めたまま。

足りない。
まだ足りない。
全部寄越せ、と。
そうして奪ったって、足りるはずがない。
こんな繋ぎ方じゃ、足りるはずがないのに。

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