ラピスラズリ

□一番の存在
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蒼い目からぽろぽろと流れ落ちるそれが自分のシャツに染みていくのを感じながら、黒鋼の掌がファイの背中を出来るだけ、出来るだけ優しく撫でる。
憔悴したファイが黒鋼の部屋に飛び込んできた時、ファイの体はすっかり冷えていた。ずっと外にいたのだろうか。
声を飲み込みながら手も腕も閉じてそっと息を吐き出す、そのファイの頬が少しずつほんのりと色を戻していて、いっそこのまま抱いて中から温めてしまおうかと黒鋼は思った。
恋人なのだから自然な感情なのだろう。けれど恋人だからこそ思うままには出来ないことだ。
黒鋼の大きな手はファイの背中で迷っていた。

ファイはユゥイと喧嘩してしまったのだという。
ファイの話を聞く限りには本当に些細なことらしいのだが、ファイはすっかり感情を乱してしまって言葉は砕けて崩れて散った。
黒鋼は正直、どう慰めれば良いものかと惑う。こんなファイを見たことがなかったからだ。
ユゥイ、ユゥイと名前を呼びながら、泣きながら、体温も声もファイは確かにここに在るのにファイの目は黒鋼を見てはいない。
こんなファイを黒鋼は知らない。


「……ユゥイ……」


どろりと粘って広がるこれは、何だ。

おまえはどうしてこんなに泣いてるんだ?
おまえの心がここまで乱れたのは何故だ?
おまえが今、想うのは、誰なんだ?

おまえを一番傷つけられるのは誰だ。

荒く醜く爆ぜそうになるのを黒鋼は懸命に制する。こんなことで嫉妬している自分はどうかしているのだろう。
迷う手が酷く熱い。

大切なひとの一番の存在でありたい。
それが、傷つけるということであっても。

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