ラピスラズリ

□蜜計
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数日後の夜、買ってきた酒の中に蝶のラベルの瓶を交ぜて黒鋼の部屋に持ち込んだファイは、飲み始めて間もなくしてそれを黒鋼に勧めてみた。
「このお酒、知り合いの人から貰ったんだけどすっごい美味しいんだってー」
「貰いもんか。変わったラベルだな」
独特の雰囲気を持つ蝶のラベルを黒鋼がまじまじと見るのでファイは焦った。この酒が侑子から貰ったものだともし感づかれたら、黒鋼は飲んでくれないような気がする。
「ね、ねぇ、飲んでみようよー」
「ああ」
ファイはやや急いで黒鋼のグラスに蝶のラベルの酒を注いだ。
自分が酔っぱらってしまっては困るけれど、自ら美味しいから飲もうと言っておいて飲まないのも変に思われるかもしれない。
カモフラージュの為にとファイは自分のグラスにもその酒を注いだが、本音を言えば飲んでみたかったのだ。侑子の舌は確かで、彼女が美味だと評するものはまず間違いなく美味しいからだ。
グラスを傾けてそれをゆっくりと口に含むと、濃厚な味が染み渡った。
(うわぁ、ほんとに美味しい!)
じっくり味わおうと思っていたのに、もう一口、もう一口と、ファイはあっという間にグラスを空にしてしまった。黒鋼も早々に飲み干している。
(もっと飲みたいけど……オレが酔っぱらっちゃったらだめだよねー)
ここは我慢してファイはさりげなく他の酒を飲むことにする。選んだのは黒鋼が好まない甘い酒で、ファイが気に入っているものだった。
……黒鋼のグラスが空けばファイがあの酒を注ぐ、それを繰り返して蝶のラベルの瓶はからっぽになった。それでも黒鋼に特に変化は見られない。
(まぁ、ちょっと強いお酒が一瓶くらいじゃ黒様は酔ったりしないよねぇ)
それは予想していたことだったが、ファイは少しだけ落胆した。
(お酒もまだまだいっぱいあるし、いつもみたいに楽しもうっと……)
次はどれを飲もうかとファイが黒鋼に話しかけようとした時だった。黒鋼が無言でゆらりと立ち上がった。
(あれ、黒りー?)
妙な違和感にファイは怪訝そうに黒鋼を見つめる。黒鋼はファイの傍らまで来るとどっかりと座り、ファイを背中から抱きしめた。
首筋に熱い呼気を感じる。肩に鼻先を擦りつけて甘えてくるような仕草がどうにも子供っぽい。
「……おまえは可愛いな」
「え?黒たん?」
「……嫁に欲しい」
「うっ、うぇえええぇっ!?」
何を言い出すのだこのひとは、とファイは顔を真っ赤に火照らせながら気がつく。
(まさか、まさか、黒様ってばほんとに酔っぱらっちゃったー!?)
ファイは混乱してしまった頭の中から本来の目的を慌てて引っ張り出した。
「嫁にならねぇのか?」
「い、いや、なるとかならないとかじゃなくて!」
酔っぱらった黒鋼はこうなるのかとファイは改めて驚く。
(……とりあえず落ちつこう。酔ってるってことは本気で言ってるわけじゃないだろうし……)
ファイはゆっくりと息を吸い込んでから言葉を選んだ。
「……あの、そういうことはお酒に酔ってる時に言うものじゃないんだよ」
「なんでだ?」
「酔ってると、その……酔った勢いだけで言葉にしがちだから冗談だって思われるかもしれないし、言ったことを後悔するかもしれないんだ」
「冗談でもねぇし後悔もしねぇ」
「でも、黒様は……」
「……おまえは俺と一緒になるのは嫌なのか?」
黒鋼がファイの体をぎゅっと抱きしめる。力強い腕が不安そうで、ファイは黒鋼が愛おしくて堪らなくなった。
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