タバコ屋を曲がれば先程置いてきた土方さんと、万事屋の旦那の姿があるのを見つけた。

信号は、青だった。


ここから、それなりに距離はあったが、元来視力の良い俺には旦那が土方さんの肩を抱いて何か呟いているのがわかった。
そんな土方さんはというと明ら様に顔を歪めた後、呆れたようにため息を吐いて、適当に旦那のことをあしらっていたのだけれど。

それでも諦めない旦那は、逃がさないと言わんばかりに土方さんの腰に手をまわし、体をグッと抱き寄せる。
そうして囁いた言葉は「愛してる」などといった甘い台詞だろうか。
土方さんの顔が淡紅色に染まり、色めいた唇がポツリと何かをつぶやいた。

さすがに、彼らの会話までは聞こえなかったけれど(聞く気もない)その光景がなんだか癪にさわり、声を掛けられる前に立ち去ってしまおうと、来た道を引き返す気でいたら、気配で気付かれたのかバッ、と土方さんを抱き寄せたままこちらを見た旦那と瞳がばっちり合ってしまった。

旦那は、俺の姿を目にすると一瞬眉を顰めたが瞬時に今の状況を理解したのか(それともこれから何をすれば自分にとって得になるのか考え付いたのか)ニタァ、と誰もが逃げ出したくなるほどの気持ち悪い笑みを浮かべ「あ、沖田くんだぁ」とわざとらしい、だらだらとした声で俺の名前を呼んだ。

勿論、土方さんの顔は自然と俺の顔を見つける訳で。
案の定「てめぇ、どこ行ってやがった!」とお怒りを食らった。
残念ながら、先程まで染まっていた桃色は見る影もなくなってしまっていたのだが。

見つかってしまったことに軽く落胆し、少々苛立てていると信号が青から赤に点滅しているにも関わらず、さりげなく土方さんの手を取った旦那は、迷惑なことに歩道を渡り俺の前まで小走りでやってきた。
急に引っ張られた土方さんは上手くバランスがとれなかったのか「わっ…」と小さく驚いたあとギュッ、と握られた左手に力を込めていた。
旦那の気持ち悪い笑みが頭に浮かぶ。


「沖田くんじゃん、どうしたの?」


やってきた旦那に視線を向ければそんなことを言われた。
わざわざこちらに来てまで言うことでもないだろう、とも思ったが隣にいる土方さんを見ておとなしく言葉を返すことにする。
口答えをすれば、またグダグダと呪文のような説教を食らわせられるだろうから。(ついで、庇われたと勘違い、有頂天になる旦那の姿も目に見えていた。)


「どうも。」

「うわ、随分と愛想悪いねぇ。土方くんの部下さんは。」


旦那は俺の機嫌が悪い理由を、嫉妬と(勝手に)思ったのかニヤニヤとした顔を土方さんに近付け、どうだと言わんばかりに見せ付けてくる。
ああ欝陶しい。

隣の土方さんはというと、多少困った顔をしながらも万更でもないようで、照れたように旦那から瞳を逸らしていた。

なんだ、その恥じらいは。

滅多に見ることのない、どこぞの町娘のような土方さんの反応に旦那は満足したのか(俺は少し引いた)こちらも、滅多に見ることのないような下心のない笑みをしていた。


「あーあ、お熱いことで。それより土方コノヤロー、見回りはどうした。」

「なっ…、てめぇこそサボってんだろうがぁぁ!?ったく、ちょっと目離した隙にどっか行きやがって…」


その様子があまりにも気分を悪くしたので、まずこの空気を打ち壊してやろうと嫌味のように土方さんをからかえば、期待を裏切らず、予想どおりの反応をしてくれた。
視線が旦那の足元から俺の瞳に移る。


「本当、なんなんだよテメーは…気付いたら隣にいねぇし、かといって探せばあっさりと見つかるし。俺はお前の母親か。」


ぶつぶつと、相変わらず文句を垂れている土方さんは、胸ポケットから煙草を取出し慣れた動作で火を点けていた。
その動作から「こんなニコチン中毒な母親は嫌でさァ」と愚痴を零してやれば「俺だってこんなサド王子を育てたくねぇ」と律儀に返事が返ってきた。

ため息を吐いてやった。


「…あぁ、それに、父親がプー太郎だなんて俺ァ嫌ですぜ。付き合うならそれなりに頼りがいのある人にしてくだせェ。例えば経済的にとか。」

「あ?何意味わかんねぇこと言ってんだ。つうかどんだけ細けぇ注文だよ。」

「世の中人情より金でさァ。」

「…ホント、嫌なこと言うよなお前。」


ふと腹いせに(それは面倒なことに巻き込まれたからなのか、はたまた土方さんとの仲を見せ付けられたからなのかは定かではない)ニヤリと笑いながらそんなことを言ってみれば、ちらっと俺と目を合わせた後、その真意を読み取ったのか「言うねぇ糞ガキ」と旦那の唇が動いた。
さっきまでの甘ったるい雰囲気はどこへ消えたのか、口元を釣り上げた旦那の目は依然やる気のない目をしながらも、しっかりと俺を睨みつけていた。


「そもそも俺男なんすけど。せめてお父さんにしてくれねぇか。」


一人、不穏な空気の中どこか的外れな台詞を口にした土方さんに「あんたは立派な母親になれまさァ!」と自信を持って言ってやれば「だから誰が女だぁぁぁ!?」と斬り掛かられた。


「そうそう、土方くんは旦那様一筋の可愛い奥さんでいれくれればいいんだから。」

「…ぎ、銀時?」


狂ったように真剣を奮う土方さんを他人事のように眺めながら、ひらりひらりと身を躱しているといつのまに背後に立ったのか、旦那が土方さんの手首を掴み動きを止めていた。
驚いた土方さんは不思議そうな顔をして旦那を見上げていたが、生憎旦那の目は俺の方を向いていてその瞳が交わることはなかった。


「まったく、困った母ちゃんでさァ。」

「誰が母ちゃんだァァ!!もとはといえばてめぇの所為だろうがっ!!」

「あー、もううるせぇ。ほら、行きやすぜ。」

「うぁ、ちょ、行くってどこに行くんだよ!」

「アンタ何言ってるんで?まだ見回りの途中でしょうが。」


旦那の腕に包まれながらも俺を睨むことを忘れない土方さんに、もっともな理由を告げてやれば「あ、」と小さく声を漏らしたのが聞こえ、忘れてたのか、と胸中苦笑いをした。

おとなしくなった彼の手を引けば案外簡単にこちらに倒れこんでくる。


「あらら〜、勝手に人のお嫁さん攫わないでくれる?」


不思議に思い、顔をあげればそんなことを言われてしまった。
力を緩めたのはそっちだろう。

なんだか罪を擦り付けられたような気持ちになり不快感に陥った。


「俺の所為にしないでくだせェよ旦那。…それに盗られたくねぇんならしっかり離さないでいるってのが筋ってもんじゃありやせん?」

「…いちいち痛いとこ突くよね、君って。銀さん苦手なタイプ。」

「は?なんの話してやがんだてめぇら…?」


土方さんの左手を引きながら一言、旦那にそう告げてやれば渋い顔をされた。
口では負けない自信がある。

その表情に少しだけ満足した俺は、土方さんの左手に力を込めると力強く一歩を踏み出した。
再び引っ張られる感覚に土方さんの眉間に皺が寄るのと、旦那の「あっ」と行き場のない手が持ち上がるのは同時だった気がする。


踏み出した足先から上を見上げれば、先程眺めたときは青のままだった信号が、もうすぐ赤に変わるところだった。
フライング気味の車が今にも走りだしそうだ。


「?、総悟!」

「旦那ァ!」


クラクションが飛びかう中、土方さんの手を引いて叫んでやる。

ポリポリと行き場を無くした手を頭に持っていった旦那は、めんどくさそうに(すごく嫌そうに)こちらを向いてくれた。


「ぜってぇ渡しやせんぜ!」


大事でもないけど、必要な人だ。
そう簡単に奪われちゃ適わない。


すれすれで渡り切れば、その後ろを勢いよく車が走り抜けていった。
我ながら、よく走り切れたもんだなと忙しく行き交う車を見て関心をする。

隣で息を切らす土方さんに目をやれば「…てめぇ、ふざけんなよ…!」と痛くも痒くも無い文句を言われた。
それは、信号無視に近い行為を警察がやってのけた事に対してなのか、それとも旦那との逢瀬を邪魔されたことに対してなのか。
案外、それなりにあるこの歩道を全力で走らされたことに対してなのかもしれない。

恨みがましく俺を睨みつけながら、また一本土方さんは煙草を吸いはじめた。


「俺ァ、」

「あ?」

「俺ァ、あんたを嫁に出す気はさらさらないんでさァ。」


道路の向こう側で呆けている旦那の姿を想像しながら、そんなことを小さく言ってやった。


「何疲れ切ってんです?しっかりしてくだせぇよ、母ちゃん。」


意味が分からない、と苛立だしくしていた土方さんを尻目に俺は駄菓子屋の方向へと足を進めた。

後ろから俺を叱る声が聞こえて、やっぱり土方さんは母親のようだな、と思った。




信号?
そんなの無視しちまえ。


(だって赤だよ?)
(残念、そんなの俺には関係ないんだ!)



        Thanks! アメジスト少年



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