怪我をした。

俺の姿を見付け、馬鹿らしく高笑いをしてる男をふと、瞳に映したときだった。


「真選組副長、土方十四郎だな。」

「…だったらどうする。」

「…ほざけ!同志恨み、今晴らしてやる!!」


人数は5、6人といったところか。
もちろん、やられるつもりなど更々無く、一斉に切り掛かってきた浪士達を物言わぬ屍にするため、俺は己の愛刀に手を掛けたのだった。
思えば、その日は月が無かった気がする。


一人、また一人と薙ぎ倒し本来の隊服が何色なのか分からなくなってきたころ、「みゃあん」という幼い猫の鳴き声が俺の耳に入ってきた。
生死を分ける瀬戸際だというのに、その猫の存在を気にしてしまって少しだけ敵の刀が頬を擦る。
擦った際に感じたちりっとした痛みに、やっと俺は我に返り、急いで目の前の男を斬り伏せたのだった。
ばしゃん、と男の倒れる音が辺りに響く。
どうやら最後の一人だったらしい、静まった辺りに一息付きながら先程頭のなかを占めていたあの猫を探してみた。
暗やみを眺めていると、前方から「みゃあ」というあの幼い鳴き声が聞こえた。

月明かりのない空間ではあったが、猫が案外大きいことに気付き、些か驚く。
そんな猫をじっ、と見つめていればくりっとした瞳に蔑まれているような気がした。

ふと先程、人の血に染めた刀を首元に当てたくなった。
人殺しの事実を、一緒に消してしまいたかったのかもしれない。

しかし猫は、別段なにか行動を起こすようなこともなく、血に染まった俺を嘲笑うかのようにまた一つ「みゃあ」と鳴くだけだった。
そんな猫に苦笑いをし、悪かったと言わんばかりに撫でてやろうと手をかざせば、残念ながら避けられてしまった。


「……触んなってか。」


柄にも無く切なくなり、赤黒くなった自分の腕を見ながらそう呟けば、しいんと静まった路地裏にはよく響き渡ったのだった。

しばらく静寂に身を委ねていたがなんだか阿呆らしくなってきて踵を返すと、目の前に先程息の根を止めたはずだと思っていた男が、ポタリポタリと真っ赤な血を零しながら、ゆらりと立っているのが視界に入った。


「死ねぇぇぇ!!」


男は、戸惑う事無く刀を振り下ろしてくる。
こんな暗闇の中どこから漏れてきたのか、俺には男の刀が光に反射しているように見えたのであった。

とっさのことに身体が動かず殺られる、とも思ったが今にも死にそうだった男が放った渾身の一撃は俺の左肩をザクリと斬っただけで。
命を取られることは無かった。
ただ、勢いよく吹き出した自分の血液があの猫にかかってしまったのが見えて、本当に悪いことをした、と少々気落ちした。

なんとなく、死ねたらいいなと思った。
(そんな思い、すぐに打ち消したけれど)



目を覚ませば、近藤さんには泣き付かれ総悟には馬鹿にされと、散々だった。
しばしの間、説教も食らわせられたが、もう二度とこんな真似はしないでくれ、と沈痛な面持ちで言われてしまい、少し居心地が悪かった。
ついで、大丈夫だというのに絶対安静にしてろよ!と念を押され、無理矢理布団に寝かされるはめになったのだった。
斬られた腕が痛みを伝え始め、気分は少し憂欝になっていた。


気分を晴らすべく、外を眺めようと襖を開ければ、白い髪がふわふわと浮いてるのが見えた。


「…銀時?」

「よォ…」


ひょっこりと現われた銀時は明らかに怒りを見せていて、これは面倒なことになりそうだ、と俺はわずか顔を歪めるのだった。
とりあえず、中に入れてやることにする。


「怪我、したんだってな。」


予想通りの台詞に思わず笑みをこぼしてしまえば、そんな軽い様子の俺が癇に触ったのか不機嫌に顔を歪められてしまった。


「何笑ってんだよ?」

「いや、別に。」


近藤さんも、銀時も何をそんなに怒ることになるのだろう、と不思議にも思ったが、きっとこんな淡々と物事を考えている姿勢が(大半は迷惑を掛けたことだと思っているけど)相手を苛々立だせてしまう要因なのだろう、と怒りに満ちた赤い瞳を眺めながら、他人事のようにそう思った。


「怒るなよ、悪かったって。これからは気を付けることにするから。な?」

「…お前はいつだってそうだ。いつも知らない間に突っ込んでいって、俺のいないところで怪我してきて…」


何をそんなに、と問えればいいのだがそんなこともできず、素直に謝ってしまえば気が晴れるだろうかと思った俺が、そんな言葉を口にすれば「違う」と小さく零したあと俯きながら銀時は言ったのだった。
そうして告げられた台詞にそれは俺も同じだ、と思ったが苦しげな銀時の表情を見てその言葉は飲み込むことにした。


「だから、悪かったって言ってんだろ?今度はちゃんと…」

「違ぇ、んなこと言ってんじゃねぇよ!!」


もう一度謝罪の言葉を口に出せば、言いおわらない内に銀時は大声を張り上げキッと俺の目を睨みつけた。
いきなりのことに驚いて目を見開くが、未だ銀時の言ってる意味が理解できず、哀しげに揺れる赤い瞳を黙って見つめることしかできなかったのである。


「なんでお前は大事にしようとしねぇんだよ!」


それは自分の身体のことだろうか。もしかしたらこの世を生きる意味のことかもしれない。
だけど、こんな自分を大事にしたって仕方がないと思わないか。

そういったことを考えていれば、銀時の手が俺の肩に触れ、ゆっくりと抱き寄せられた。

痛みが走る。


「…もし、もしお前が死んじまったらどうすんだよ…」


痛みに顔を引きつらせながらも、何を言いだすのだろうかと俺は思うのだった。
この世界に生きている以上、死と隣り合わせだということをこいつは百も承知だろうに。
思わず、何を今更、なんて笑ってやろうと思ったが、そう言った銀時の声がなんだか怯えてるようだったから言えなかった。


「…銀時、」

「…もし、生きて帰れたとしてもさ、目を失ったら?腕を失ったら?」


「……」


「…怖いんだよ、」


なかなか口を挟めず始終無言でいたら、やはり泣きそうな顔で銀時は言った。

泣きそうな顔で、お前が傷つくのが怖い、お前が死ぬのが怖い。と失敗を咎められた子供のように小さく呟いた。
自分じゃない奴が傷ついていて何が怖いのだろう、死ぬことだって別に俺は恐れてない。なのに銀時は怖いという。
いつも頼りになる彼の腕が、細々と震えていた。


「銀時。」


名前を呼んで顔をあげさせればなんて顔をするんだ、とこちらまで悲しくなるような表情を銀時はしていた。
同時にその表情がどうしようもなく愛しくなって、自嘲気味な笑みが零れた。


「俺は目が見えなくなったって、腕を失ったっていい。」


もちろん死ぬことがあったって俺は後悔はしない。


そんなことを言ってやれば、苦しそうに銀時は目を細めた。
何か言いたげな彼を無視し、俺は痛む左腕を動かし、首に回した。
じわり、と紅い血が滲む。

滲んだ腕が熱い、とも感じたがそんなことはさして気にせず、赤く色付いた瞳が視線を絡める前に、俺はそっと触れるだけのキスを落としたのだった。

少し苦しかった。


「…土方、」

「この唇さえあればお前に触れられるから。」


何もかも失い、たとえ命を失ったとしても。
この唇さえあれば、この唇でお前を感じられれば、それでいい。


瞬間、銀時の瞳は哀傷に濡れ抱き締めた俺の体に顔を埋めながら、声にならない声で嘆いた。
きっと銀時はこんなことを言ってほしくはなかったのだろう。
首を擽る髪の毛が何よりの証拠だった。

銀時の腕に抱かれながら、あの猫はどうなったのだろう、と月の無い夜を見つめながらなんとも場違いなことを俺は思っていた。
きっと血濡れた身体は嫌われてしまうだろう。

最後の、己の血を被ってしまった小さい後ろ姿が頭から消えなかった。



ああ怪我をした。
少しだけ辛い怪我をした。




Even if
I lost both arms.


(この唇があれば君に触れられるんだ)


        Thanks! アメジスト少年



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