俺が叶わない恋をしている、なんて言ったら何割の奴が笑って何割の奴が応援をしてくれるだろうか。
そんなことを、ふと考えてしまう時間が増えてきた頃だった。


「あ、土方くん!」

「げ。」


仕事が無くふらふらと駄菓子屋の近くを歩いていたら、目線の先に愛しの彼がいるのに気付いた。
喜び溢れて思わず駆け寄っていけば、本当に嫌そうな顔で苦々しく声を出されてしまったのだが。

少し、泣きたくなったのは内緒だ。


「いや、そこまで嫌がんなくてもいいんじゃない?銀さん悲しい。」

「うぜぇよ、天パ。つうか気持ち悪い。」


前言撤回、ものすごく泣きたくなりました。


「ひどい…、天パだって一生懸命生きてるのに!」

「あぁ、そうですか。はい、さようなら。」

「え、ちょっと待ってぇ〜!!」



わざとらしく泣き言を言えば、さも興味はありませんというような表情で別れを告げられてしまい、去ってしまいそうになる背中を必死になって止めた。
すると、そんなことを予想をしていたのか、もしくは俺が止めるのをわかっていたのか、彼は少しも驚いた様子を見せずにゆっくりと振り返ったのだった。

動かない唇が、なんだと告げていた。


「まぁまぁ、少しくらい銀さんに付き合ってよ。どうせ暇なんでしょ?」

「いや、俺はお前と違って暇じゃねぇから。むしろ忙しいから。」

「まぁ、いいじゃん。…そういえばいつも一緒にいる、その…あぁーと…」

「なんだよ、それ。…?ああ、総悟か?」

「そうそう、総一郎くん。あの子は?」

「いや、総悟な。…あいつはまたどっかでサボってんだろうよ。」


そう言って土方くんは胸ポケットから煙草を取出し、すうっと流れるような動作で煙草を吸いはじめる。
吐き出された煙は上へ上へと昇っていき、曇天の空に消えてしまった。
そんな煙を見つめるふりをして、何気なく土方くんを見ると、先程より、彼の不機嫌な様子はあまり見られず、そのことに俺は安堵する。
時折空を見上げる仕草から、先程の苛立ちの理由はこの天気の悪さだといっても、過言ではないのだろうか。

なんて。
ただ、彼の不機嫌の理由を自分だと思いたくないだけなのかもしれないけど。

だが事実、今俺の目の前にいる彼は少なからず不機嫌ではなさそうなので、やっぱりそう思うことにした。
まあ、なんだかんだ言ってもいつもの土方くんには変わりないのだが。


「そういうお前こそチャイナや眼鏡はどうしたんだよ。」

「え、あぁ。あいつらなら俺を置いてお妙とバカンスさ。」


めずらしく俺に質問を寄越す土方くんに多少驚きながら、今朝方楽しそうに「今日はアネゴとお買物アル!」と騒いでいた神楽を俺は思い出す。
改めてこいつも女なんだな、と嬉しそうにお妙のあとを付いていく神楽を見て、そう思ったのだ。


「お妙…、あぁ近藤さんのか。」

「いや、所有物じゃないからね、そんなことにしちゃったら殺されるからね。」

「わーってるよ、んなこと。」


近藤の、と言った土方くんに本人は居ないものの、少し焦りだした。(居なくて本当によかったと思う)
そんなことに軽く顔が青ざめてしまっていたのだろうか、俺を見た土方くんは、なんだか呆れたように、それでいておかしそうに笑っていたように見えた。


「じゃあ今日は安心だな。」

「なにが?」

「近藤さんがあちこち怪我して帰ってくることはないから。」


そう言ってふわりと笑んだ土方くんに、やはり先程の笑顔は見間違いではなかったことを確信するも、その笑みを作った人物は残念ながら自分ではなく、彼が命を懸けて護っている親友だったということに俺は落胆したのであった。


「…ああ、ゴリラも大変だねぇ。」

「近藤さんはゴリラじゃねぇよ。ったく、あの人も飽きねぇんだから。」


少し皮肉を込めて言ったつもりなのだが、そんなもの土方くんにはまったく通用せず、苦笑いをしながらも、やわらかい口調で語る土方くんを見てなんだか苦しくなり、いっそう愛しくなった。

自分にとってかけがえのないと思うものに対して、彼は自分の望み、幸せを投げ打ってまでそれを護り切ろうとする姿があると俺は思うのである。
同時に自分は幸せになるべきではない、なんていう勝手な思い違いと、いざという時にはすべてを捨て去る覚悟が、彼の奥底には隠れているように思えて仕方がないのであった。

羨ましい半面、それはなんとも報われない気持ちのようだと思った。


「土方くんってさぁ〜、ほんとゴリラのこと大好きだよね〜…銀さん妬けちゃう。」


近藤のことを想っていたのだろうか、未だ口元がゆるやかに持ち上がっている土方くんに冗談ぽく告げてみれば(もちろん冗談なんかではないのだけれど)はぁ?と白けた瞳で睨まれてしまった。


「総一郎くんにだってなんだかんだいって優しいしさ。」

「だから総悟な。…そうか?まあ、うん、そういうもんだから、な。」


それがなんだか悔しくて、不貞腐れたように口を尖らせてみれば、言われて気付いたのか照れたように土方くんは苦笑いをしたのだった。

ああ、言ってやりたい。

君にとって、かけがえのないものは何か知っていると。
どれだけ君がそれを大事にしているか知っていると。
そして、君がそれ以上のものを作ろうとしないことにだって、俺は気付いているんだということを。


「…い、おい!どうしたお前。どっか調子悪いのかよ、」

「あ、あぁ、ごめん、なんでもない。…それにしても土方くんが心配してくれるなんて!そんなに俺のことあ」

「ち、違えよ!!誰だって急に人が動かなくなったらびっくりするだろうが!」

「そう照れんなって。」

「照れてねェェ!!」


心中を渦巻く一生報われそうにない想いに、急に悲しくなって涙が出そうになる。
しかし、土方くんの心配そうな声音によって、涙が零れることはなかったのだった。
目の前の不安げな表情に少し申し訳なく思いつつも、いつもの如く馬鹿らしい言葉を吐けば、一瞬安心したような顔を、土方くんはしてくれたのだった。
そんな表情が可愛くて、嬉しくて、ちょっと調子に乗りからかってみたら、案の定彼は真っ赤になって否定したのだけど。
だけどそう言いながらも、何もないならいい、と土方くんが声を小さくして言ったのが聞こえてしまったから、また俺は泣きそうになってしまったのだった。

何気ない優しさが今は苦しいんだと、この胸の痛みを彼に告げたくなった。
好きなんだと、この抱えきれない想いを彼に向かって叫んでやりたくなった。


「本当、土方くんは優しすぎるよ。」

「…なんだよ急に、」

「でもね、たまに痛い。」

「…?おい、お前本当にだいじょ…」

「まったく、土方くんたらツンデレなんだから!!」

「てめぇ、俺の心配を返せェェェェ!!」

「きゃー!ドメスティックバイオレンスゥゥゥ!!」

「死ねェェ!!」


彼は俺の気持ちに気付いているのだ。
ただ、近藤や沖田や、真選組があるから絶対に応えられやしない、受け入れられやしないことを理解している。
彼は優しい子だから気持ちを受け取れないことによって、俺が悲しむと思ったのであろう。
だから気付いていない振りをしてくれているだけなのだ。
俺も、土方くんがこの気持ちに応えてはくれないことをわかっている。
正直告げる前に失恋、なんていう事実は苦しすぎるが(無理矢理にでも彼を奪ってやりたい気ももちろんある)なによりも、この気持ちを告げることによって彼を困らすことを俺はしたくなかったのだ。
本気で斬り掛かってくる土方くんに焦りながらも、俺はそんなことを思っていた。


「今日という今日は殺してやるっ!!」

「いやー!誰か助けてー!お巡りさぁぁん!!」

「お前、やっぱり楽しんでんだろ!!」

「鬼さんこちら〜」

「ぜってぇ殺す!!」


顔を真っ赤にして怒り狂ったように真剣を振り回す土方くんに、極上の笑みを俺は向けてやったのだった。

好きだなんてそんな悲しい台詞、君に告げたりはしない。
この関係を崩す気はないから、ずっと黙っているから、せめて愛し続けることだけは拒まないで。


捕まえられた着物の裾が、少し重く感じた。




たとえ、
焦がすような悲哀の感情に圧し潰されたとしても


(愛してしまったことを悔やみやしない)



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