こげこげ生地

□月明かりの部屋で
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それは、月の綺麗な夜だった。



やわらかな月明かりの差し込む窓辺を背に、リョウマは淡々と服を着こんでいく。

袖に腕を通したところで、横たわる人物が小さく呻いて覚醒した。


「…リョウマ…?」

「おはよう、タギル。今回は随分と早いお目覚めだね」


ボタンを留めつつ一瞥し、揶揄を含んだ声で言うと、まどろんでいた目にはっきりと光が宿り眉がしかめられる。


「……もう帰るのかよ。あいっかわらず薄情なやつだな」


不機嫌を全面に出した、拗ねたような不貞腐れたような声色に、悪戯心が頭をもたげる。

タギルに手を伸ばし、不機嫌面なその頬を撫でて目を細める。


「タギルはこの私に朝まで一緒にいてほしいのかい?人肌が恋しいなら添い寝でもしてやろうか?…ま、添い寝では終わらないかもしれないけれどね」


身をかがめて低く囁くと、行為中ならば顔を赤らめかわいい様相を見せてくれるタギルの顔は、思い切り嫌そうに歪められた。


「げっ、まだヤる気なのかよ!?」

「ふふ、流石に今日は遠慮しておくよ」


ほぼ冗談であったので屈めた身を起こし、頬から手を引いた。

自分は構わないが、これ以上はタギルがもたないだろう。

顔を引き攣らせて離れようとし(…て腰に痛みが走ったんだろう身体を跳ねさせてせっかく起き上がったのに逆戻りで布団に突っ伏し)たタギルに小さく笑いかける。

ぴくぴくと悶えているタギルの髪をさらりと梳いて頭を撫でてやると、小刻みなその動きがぴたりと止まった。


「……」

「? 何だい?」


ぼそぼそと小さく呟いたようだが聞き取れず、首を傾げて聞き直す。

僅かに顔を上げたタギルは、何とも言えない複雑そうな表情をしていた。


「リョウマが…気持ち悪ぃ…」

「どういう意味だ」


本人に向かって堂々と気持ち悪いなんて言ってのけるタギルの神経はどうなっている。それも、仮にも恋人と呼べる相手に。

タギルの無神経さは今に始まったことではないので、ため息で流そうとしたら、タギルは枕を抱えまたぽつりと呟く。


「だって、いつもはオレの意識が戻る前に帰っちまうし…こんなに優しくない…薄情なくせに…」

「君の意識が戻るのを待っていたら夜が明けてしまうよ」

「わかってる。でもさ……」


言い淀むタギル。

口元に手をあて理由を思案する。


タギルの言い分をまとめると、彼が言いたいことは。



「……つまり君は、私に優しくされたいのかい?」

「…気持ち悪ぃ」

「なら、甘やかされたいのか」

「!ちがっ…」


ばふんと抱えていた枕を布団に叩きつけて起き上がった。

柔らかな月明かりで確認できるその表情は、薄らと朱が走っていて。

素直じゃないようで素直なタギルに、苦笑さえ零れる。


「それならそうと、早く言えばよかっただろう。遠慮するなんて、らしくない。素直なことが取り柄だろうに」

「うるせぇ!…オレの勝手な願望…わがままで、お前に迷惑かけたくねぇし。べたべたされんの、お前嫌だろ。つかず離れずがオレたちのスタンスだし、それでいいと思ってる」

「ふぅん……」


言うだけ言って、タギルは布団を被って潜り込んでしまった。

リョウマは膨らみをじっと見つめたあと、布団を剥がして、目を丸くするタギルの隣に滑り込んだ。


「なっ…なぁっ!?」

「気が変わった。今日は一緒に寝ようか、タギル」

「はぁあ!?」


ちょ、気が変わったって…いいのかよ!?つか勝手に決めんな!
やら何やら喚いているタギルの頭を引き寄せて静寂な夜に似つかない騒がしさを紡ぐ口を言葉ごと塞ぐ。

落ち着かせるように添えていた手で頭を撫でると、強張った肩から力が抜けていくのが見て取れた。

名残惜しむように塞いでいた口をゆっくり離し、耳元にそっと近付けるとタギルの肩がぴくりと揺れる。



「甘えたいなら甘えればいい。君は特別だ。思う存分甘やかしてあげるよ」

「っ……ちくしょ…し、かたねぇから……甘えてやるよ…」


もそっと身体を寄せてきて、胸に額が触れる感触。

髪から覗く耳が、光源が月明かりのみの薄暗い部屋の中でもわかるほど、赤く色付いている。

腕を背に回して引き寄せると更に密着して、タギルの身体はすっぽりと腕の中に収まった。



「おやすみ、タギル。よい夢を」

「……おやすみ…リョウマ」



心地よい温もりに眠りへと誘われる意識の中、密やかに笑うタギルの声を聞いた気がした。




〜end〜



[2012.03/25]
 

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