《勝負の日。》
伊達漢祭り当日。
昨夜眠れないとぼやいていた咲人をベッドに引きずり込んで、ギュっと抱きしめたまま背中をしばらくポンポンしていたら、いつの間にか俺が寝ていたらしい。
目が覚めた時、咲人は腕の中でおとなしく寝息を立てていた。
いつ眠れたのか知らないけど、なんとか寝れたようで良かった。
でもそろそろ起きないと。
準備もあるし。
咲人はもう少し寝かせておこうと思って、様子を伺いながらそっとベッドから抜け出そうとすると、その目がゆっくり開いた。
『ん…瑠樺さん…?』
「悪い。起こした?」
『ううん。今、何時…?』
眠そうに目を擦りながら、咲人が上半身を起こす。
人に聞いておきながら枕元のスマホを手に取り、時間を確認する咲人。
「まだ寝ててもいいんじゃない?」
『いや…起きるよ。瑠樺さんも起きるんでしょ?』
俺が起きたら起きなきゃいけないなんてルールはないけど。
『ありがと。瑠樺さんのおかげでちょっと寝れた気がする。』
「そうか。それは良かった。」
咲人の頭をポンポンして、ベッドから立ち上がる。
「朝飯、食うか?」
『んー…』
「食っとけ。」
『…うん。』
目玉焼きとご飯と、お湯を注ぐだけの味噌汁という超適当な朝食を作ると、咲人がフラフラ起きてきた。
「食える?」
『うん。食べる。ありがと。いただきます。』
食卓に座った咲人は、黙ってもぐもぐと口を動かしだす。
それを見て、俺も向かいの席に座って箸を取った。
『なんか…緊張するね。』
「まだ家なのに?」
『うん…ちょっと不安。みんなそれぞれお目当てのメンバーが居て、見たいバンドがあって、それを見に来るわけでしょ?邪気眼つまんねーとか思われたらどうしよう。』
「咲人の音楽つまんねーって思う奴なら、俺らのライブになんて元々来てないと思うけど。」
『でもなんか、アウェイじゃないのにアウェイ感あるっていうか…』
「大丈夫だ。上から見ててやるから。」
『それも緊張する。』
咲人がクスリと笑いながらそう言う。
「俺、グレ以外はまだちゃんと見れてないからなー。今日はしっかり目に焼き付けておかないと。」
『新弥のバンドも楽しみだね。』
「そうだなー。大丈夫かな、あいつ。」
『出番前、“緊張するー!!”とか大声で叫んでそう。』
「あー、絶対言うね。“やべぇ!緊張する!やべぇ!”って。」
軽く新弥のモノマネを意識して言ってみたら、咲人が味噌汁を吹き出しかけた。
『やべぇしかないじゃん。新弥の語彙力…。瑠樺さんは、いつも通り?』
「うーん。今回は格好つけるよ。他のバンドの客取り込むつもりだから。」
『そっか。取られちゃうのか、俺。』
「それに今回は咲人が見てるからなー。格好良くしないと。」
『…。』
照れたように目を伏せた咲人は、目玉焼きを一口サイズに切って、薄い口唇に運ぶ。
その口唇が僅かに綻んでいたのを見て、今日のライブはマジで頑張ろうと思った。
『じゃあ、俺も格好良くしないと。』
「咲人は可愛いでいいよ?」
『え、納得いかない。俺も格好良いがいい。』
「上で見てるから。」
『だからそれが緊張の元なんだってば。』
邪気眼の方がリハが先だからと、一足先に家を出た咲人を玄関で見送った後。
「頑張らないとな。」
なんて柄にもないことを呟いて、気合を入れなおす。
衣装に着替えたら、一番最初に咲人に見せてやろう…いや、そうなると咲人の衣装も見ることになるのか。
久々にバッチリメイクした咲人をライブ前に見て、俺大丈夫か?
今回の衣装、露出多めだったりしないだろうか。
触りたくなったりしたら…あ、今日はゾジーさんが居るから、そっち触ってれば良いか。
ゾジーさんに失礼なことを考えてたら出ようと思っていた時間を過ぎてて、慌てて家を飛び出した。
the END