男性A

□第一章.男性A
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(m・パーチー)



こん、こん



「…準備できた?」

ドアの向こうで、名残惜しそうにする、母の声がした。
自分で進めながら、我が儘な母だ。

「あぁ…」

ゆっくりとドアノブを回した母と目があう。

一瞬、重い空気が部屋の中を漂った。

「忘れ物、ない?」
「あぁ」
「切符ある?」
「あるよ」
「通帳とか、保健証は?」
「うるせえ、餓鬼じゃないんだ。もってるよ」

まるで、遠足前の小学生のようだ。
でも今回の遠足は…
長くなりそうだった。


「……いつでも帰ってきなよ」

その母の声が掠れていたのを、俺は知らないふりをした。
何もない天井をみつめて、ひたすら溢れる滴を拭っていた母を、黙ってみた。


「子供じゃないけ、大丈夫」


久しぶりに、自分の言葉が鈍っているのに気がついた。
標準語ばかりしていたのに……
なんだか、暖かいな…


「馬鹿言うんでないよ、子供も大人も
寂しいときは同じぐらいあるんじゃ。
そのとき誰に癒されるかえ?
どこで癒されるかえ?

親に癒されるんじゃ。
故郷に癒されるんじゃ。

その場所はなくならん。
人間、立ち向かうことも
大切やけんどね
逃げることも大切やけん」


母の言葉を、真面目に
綺麗な言葉と受け取った。
でも、この言葉には
もっと深い意味があったことを

俺は、何年後かにしった。


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