深淵の中
□選んだ選択、その代償
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私の両親は、馬鹿がつく程のお人好しでした。
人を疑う事を知らず、何度人に騙されようと、そんな下種共に生活のためのお金を奪われようと、いつも「困ったな」と言いながら、それでもにこにこと笑っている人達でした。
小さい頃からこんなお人好しの両親に育てられた私は、いつしかこのどうしようもなく無害な、草食獣のような二人を、人を騙す事を何とも思わない、卑劣な奴らの毒牙から守らなければいけない、と自然と思うようになっていました。
私が、誰にも虐げられる事のない『地位』と、パパやママに貧しい暮らしをさせない『財力』を持ったお金持ちと結婚すれば、きっと私の両親は幸せになれる…。
だから私は、好きでもないお金持ちに媚びを売る事を覚えました。
導師守護役となって、その地位を生かす事も覚えました。
家族の平穏を乱す下種共を潰すすべも覚えました。
そんな私の行動で、以前よりは落ち着いた生活を送っていた…ある日、両親の借金を肩代わりした物好きな大詠師は、パパとママの命を盾に取って、私に言いました。
「導師イオンの行動を私に報告するように」
その大詠師は、イオン様の事を良くは思っていませんでした。
イオン様を利用する為に、その守護を努める私さえあの男は利用しようとしたのです。
いつもイオン様の側にいる私が、彼の状況を大詠師に伝える事は、事実上のスパイ行為にしか他なりませんでした。
私は、イオン様を守るための守護役でありながら、イオン様を、ルークを、ティアを、ガイを、大佐を、ナタリアを、騙していました。
パパやママを守りたかった…なんて、きっと、ただの言い訳にしかなりません。
自分の願いの為に私はたくさんのものを犠牲にしてきました。
・・・ごめんなさい、タルタロスの皆さん。
何の恨みもない貴方達を私は殺しました。
・・・ごめんなさい、イオン様。
大好きな貴方を私は殺しました。
・・・ごめんなさい、アリエッタ。
友達だった貴女を私は殺しました。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。
ただ、その一言だけが、頭の中で渦を巻いて踊る。
「明日に・・なったら・・、」
笑えるのかな。
きっと私は、何事もなかったように振る舞うのだろう。
何人もの人を騙して、殺してきた…愛らしい、幼い少女の笑みを張り付けて。
傍らに控えているトクナガの顔も、今日ばかりはどこか不気味で、いつも側にいる彼さえも私を責めているような気がした。