未来軍部11

□月の記憶
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「ちょっと、デリケートな話かもしんねーけどさ」
 ふいに、兄が東方司令部で一番最初に「友人」と位置付けた大尉が、たばこの煙を吐きながらつぶやいた。
「はい?」
「おまえには、辛いことかもしんねーけど」
「ですからなんです?」
「オレは錬金術のこととか、なんもわかんねーし、おまえらの過去も全部知ってるわけじゃない。でもさ、おまえ、エドを恨んだり妬んだりしたことは、ないのか?」
 アルフォンスと、エネルが何かを話しているな。そこへ行こうかな、と思った瞬間そんな言葉が聞こえて、エドワードは足をとめた。
 どき、と心臓が大きく鳴る。 
 その質問の答えを、エネルと、ひそかにエドワードも待っていた。

 しばしの間が、エドワードにはずいぶん長く感じた。

 アルフォンスは、クス、と笑った。
「恨むなんて、どうしたら、そんな感情が生まれるんです?」
 あの頃のことを思うと、ひどく闇に襲われる。それは、夜のイメージ。墨を流したような、漆黒の夜。
「だって、聞いた話によると、鎧にされたんだろ?」
「他人がどう感じるかは、わかりませんけど、あのとき、僕を助ける唯一の方法がそれだったんですよ。兄が、あきらめていたら、僕はここにいません。あの瞬間、兄はとっさに自分の命を投げ出して、僕を助けたんです。そんな愛情をもらっていながら、どうして恨まなければならないんです?」
「そういうもんなんだ」
 エネルには、あの瞬間、と言われても、まったく想像もつかないことだが、影に隠れてそれを聞いていたエドワードには、脳裏にありありと浮かぶ情景だった。
「じゃあ、エドの才能に嫉妬するなんてことは?」
「は、ありえません。兄は、僕が唯一心から尊敬する錬金術師です。僕では、叶わないという差を知っているから、妬むとかそんなことは絶対にない」
「自分が優位に立ちたいとか思わないわけ?」
「どうしてですか?」
「男ってそういうもんじゃん。プライドの塊だし」
「何言ってるんです。僕の中で、兄は…最高神ですよ。無神論者ですけど、エドワード・エルリック教があったら、僕は第一信者になってましたね」
 にこ、と笑ったが、最初の、「何いってるんです」というところで、冷たく目が細められたことを、エネルは見逃していなかった。本当に、自分の言葉を馬鹿げたことだ、と言っている目だった。
「じゃあ、オレは信者二号になろうかな」
「断ります」
「なんでだよ!」
「汚れますんで」
「ひどっ!」

 エドワードはその話を聞きつつ、ふと思った。
 あの瞬間、自分はアルの魂を鎧に定着した。だけど、とられたのが、右腕ではなく、オレ自身の魂や肉体、心臓だった場合、オレは死んでいただろう。
 死んでいたら、今自分の代わりを、アルはみつけていたのだろうか。
 もしくは、あの瞬間ではなく、体を取り戻す時、自分だけが死んでいたら、体を取り戻したアルは、自分ではなく、他の誰かと幸せになっていたのだろうか。

 ああ、なんだか、前と違う。
 エドワードは、そう感じた。
 昔なら、『あの瞬間』の話や、過去のことを思い出すと、罪の意識でどうしようもなく、胸がかきむしられる思いだった。だが、今は、『アルフォンスを誰かに取られてしまうんじゃないか』という思いと、その恐ろしさに、胸が痛みだす。
 決して、母のことを忘れたわけではないし、あの罪を忘れているわけではないのに。

「准将」
 声をかけられて、エドワードは、びく、と肩を揺らした。
「な、んだ?」
「国家錬金術師が行方不明になっている件について、ご相談が」
 マーカーにそう言われて、エドワードは踵を返して、執務室に戻った。



「その国家錬金術師が、行方不明になる直前、司令部に来ていた?」
「ええ」
 マーカーが話を進めていくと、アルフォンスが戻ってきて、一緒に話を聞くことになった。
「塀を乗り越えようとしていたのを、士官に見つかっています。バードウォッチングが趣味で、鳥の写真を撮っていた、と言っていたので、とりあえずは解放したようですけど」
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