未来軍部11

□廃墟のソファ
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「これは、昔話ですが、事実です」
 とある老大尉から、真っ先にそう言われた。
「前線にいた中隊の話です。東方軍の被害者が甚大で、退くように大総統から命令されました。ですが、司令官は『負け』を認めたくなかった。まだやれる、まだ戦える、と士官たちを闘いの場に送り出していきました。敵は、相当な力で、負けが目に見えている状況です。その戦いは一度、中断したのですが、司令官は、冷酷な判断をしました。『生きて帰るな。生きて帰ることを、恥ずかしいと思え』。中隊を指揮していた隊長は、その命令を士官たちに伝えられなかった。死んで帰ったほうがいいだなんて、そんなことがあるものなのか。司令官は、われわれを見捨てた。絶望の淵にいる、中隊たちに、さらに追い打ちをかけるようなことが言えるものか。そこで、隊長は遺書を残して、自害しました。遺書によって、その事実を知った中隊の士官たちは、中隊全員玉砕の報告を司令官に送りました。だが、中隊は全員生きている。そこで、中隊の士官たちは、名を変え生き、そして間違った命令をした司令官を、中隊長の仇討に、立ちあがりました」
 老大尉のその話に、エドワードは目をそらさず、まっすぐに聞く。
「やっぱり、玉砕、したんだろ」
 そして、冷たさを含んだような言葉で、エドワードは返した。
 老大尉は、視線を落として、小さくうなずく。
「どうして、司令官ばかりが守られねばならないんでしょうか。司令官の命だけが尊いのでしょうか…。戦火の激しかった場所で巻き込まれた、民間人も自作の小さな防空壕のなかで死んでいたと聞きます。司令官用の立派な防空壕に、たまたま逃げた民間人だけが、生き残った。そんな話も残っています」
「…で。貴方は、“司令官”をどうするおつもりで?」
 アルフォンスが、エドワードよりもさらに冷たい目で見下ろした。
「……」
 老大尉は、にやり、と笑った。
 そして、無言のまま二人に銃を向ける。
「やっぱり、殺したい気持ちが、湧きますなぁ…」
 銃を向けられても、二人は微動だしなかった。アルフォンスも、銃をぬくようなことせず、ただ、まっすぐに冷たい目を、老大尉に向けるだけだ。
「脅しじゃありませんぞ」
 アルフォンスは、やや同情に色づいた目で、老大尉に銃を向けた。
「貴方は言ったじゃありませんか。『昔話ですが、事実』だと。そう、昔話だ。その当時に、ウチの司令官がいたら、もっといろんな意味でひどかったかもしれませんが、少なくとも、貴方の魂は救われていたのかもしれない。いや、中隊全員の魂が――」
 そういうと、アルフォンスは銃の引き金を引いた。
弾は、老大尉の額にめり込み――いや、ソファに消えた。
 一筋の煙だけが、空へ向かう。
 天井もはがれおち、太陽の陽が燦々と降り注ぐ、色あせたソファ。
 壁も、ほとんどないような、廃墟。

「…容赦ねぇなぁ、おまえ」
 アルフォンスは、にこ、と笑って、
「兄さんは、立てないんでしょ?足、震えてるよ」
「誰が足も震えるほど、怖がってるだー!“墓参り”だろ、ただの!!」
「じゃあ、もう行こうか」
「いいいいや。ちょっと、足がダルくて、動けねぇ」
「青ざめた兄さんもカワイイけどさ、さすがに暑いよ、この砂漠」
 ふう、と汗をぬぐいながら、顔を上げる。
 痛いくらいの日差しが、差し込んでくる。

「…この戦地を“墓参り”として、訪れる司令官は、貴方しかいないそうだよ」
「……」
 エドワードは、よいしょ、と腰を上げた。
「書類してるより、いいだろ」
 はにかんだエドワードは、それでもぎゅっとアルフォンスの腕にしがみついた。
「なるほど」
 くす、と笑ったアルフォンスも、掴んできたその手を握る。
「こんなに暑いのに、手、冷たいよ。そんなに怖いんだ」
「科学者でも、目に見えてしまうモンは、こええんだよ!」
「へっぴり腰の司令官は、情けないけどね」
「いいんだよ、おまえしかいないし」
「そうだけど」
 二人は、はは、と笑いつつ近くに止めてあった、軍の車両に乗り込んだ。
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