中央編E

□中央編119 バリアー
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「いいけどー―汚ねぇよ?」
「大きな傷痕のことですか」
 そういわれて、エドワードは、以前シャツをはだけた時に見られたのだろうと思った。
「うん。そればっかりじゃねぇ。いろんな戦いの傷が絶えない。わき腹とか、いろんな傷がありすぎる」
「死線を乗り越えてきたんですね。お若いのに」
「ま、軍人だしな。12歳で軍属だったし」
「…やはり、貴方が、鋼の錬金術師――」
「おう、知ってたのか?」
「貴方を描いているうちに、そうかな、と思っておりました。貴方を、以前、見かけたことがあります。声をかけたときは、そうだとは気づかなかったのですが、その傷痕を、見たことがあるので」
「ってことは、数年まえに中央でってことか?」
「はい。5、6年は経ってますでしょうかね。貴方は、犯人を追って走っていました。途中、犯人が子どもを盾にして、傷つけたので、貴方は躊躇いもせずシャツを脱いで、両手を叩くと、まばゆい光が辺りを満たしました。そこで、私は、美しいと感じたのです。シャツは布のようなものになり、それで子どもの止血した貴方は、部下の一人に子どもを頼み、さらに追いかけ、再び両手をたたいて、地面をうねらせ、犯人を捕まえました。そのあと、すぐに追いかけてきていた軍人にジャケットをかけられていました。今思えば、ジャケットをかけた人は、貴方の弟さんだったのかもしれません」
「あ〜そんなこともあったかもなぁ」
「その一部始終を見た自分は、貴方に目を奪われ、そして、描きたいと思いました。そして、数日前、貴方をみかけて、描きたいと思ったんです。その時の人だとは思いませんでしたけど、とっさに、“描きたい”と」
「なんか、美しく脚色されてるっぽいけど、まぁ、それはオレだろうな」
 そう笑いながら、エドワードは、シャツを脱いだ。
 そのまばゆいまでの白い肌に、自分から輝いているかのような、金の長い髪。そして、不釣り合いなまでに、大きな傷痕。赤黒く変色している皮膚が、それらをすべて妖艶に輝かせる。

「この傷は綺麗じゃないし、おまえの思い出のように、ほんとうは綺麗なオレではない。だけど、たった一人を生かすために生きたオレを、おまえは“描きたい”と言ってくれた。誰かの何かに残るような人間ではないオレを。キャンバスの上で、ふたたび“美しい”絵具で塗り固めて、おまえは、思い出に脚色された美しさを、さらに美しく固めるだけだろうけど」
「私は、若いのに、貴方の生きた歴史が刻まれた貴方自身の体が好きです。お飾りではなく、がむしゃらに生きた貴方の証が、綺麗だと、思います」
 エドワードは、くしゃっと泣きそうな顔を、笑みで誤魔化した。
「はは。弟以外に、綺麗だなんて言うやつがいたとはな」
 リチャードは、にこり、と笑みを浮かべた。
「『たった一人を生かすために、生きたオレ』とおっしゃいましたね。貴方は、もっと大勢の人のために、生きていい人だと思います」
 そういわれて、エドワードは首を振った。
「それは、今でも、かわらねぇ。オレは、その一人の為に、生きてる」
「…そうですか」

 …そんな会話を、アルフォンスは、扉の向こうで聞いていた。盗み聞きをしていたコトがバレたら、兄を信用していないと思われるような、最低な行為だとは分かっている。
 ・・・
 相手が、普通の人間だったら、だ。

 アルフォンスは、手元にある携帯無線に向かって、
『目標の前には、エルリック少将がいる。少将は、私が玄関側から回収、全員目標に向かい、少将との間に壁を作れ』
『『『了解』』』
――その刹那――

 ガシャン、と窓ガラスが割れた。と、同時に、ロープにぶら下がった人間が、侵入してきた。それとほぼ同時に、アルフォンスは玄関扉を開いて、兄を抱きよせ、リチャードは、黒い衣服に身を包んだ男たちに拘束されていた。
「リチャード・ウォン。スパイ容疑で逮捕する」

 その言葉に、エドワードは納得した。
 ああ、だから、5.6年前――

 そう、あの時の犯人は、スパイ容疑のかかった男だった。そいつには、仲間がいた。当時は、捕まえられなかったが、数人はまだいたはずだ。


 エドワードにジャケットをかけたアルフォンスが、兄の視線が自分にはなく、リチャードに向けられていることに気づいた。
「…なんで、おまえ、自分が捕まるかもしれないって思ったのに、オレに近づいた」
 それは、あまりにも危険すぎる。
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