中央編E

□中央編129 パートナー
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「申し訳ありません。貴方が知る必要もないと思ったので」
 ここは、先に謝っておくことにする。
「絶対、会えばわかるんだ。人身売買がどれだけひでェことなのか」
「…それでも子どもは、居場所を探すものです。どこに居ようと、自分がいてもいい場所を」
 そういった主の翡翠色の瞳が、遠くを見つめた。
 自分の幼少時代を思い出しているのか、それとも、いてもいい場所であった、死んだ恋人を思い出していたのだろうか――



「きゃぁ〜!しょうしょうさんっ!」
「少将さん、こんにちわ」
 宗教的建物に併設されている、孤児院に顔をのぞかせた途端、彼、エルリック氏は、子どもたちに囲まれた。
「よお!みんな元気してたか」
「「「うんっ」」」
 十数人の子どもたちは、三歳くらいから十五歳くらいの年齢層がある。
「今日はどうしたのー?しょうしょうさんのおともだち?」
「そう、おともだち。一緒に遊んでやってくれ」
「少将」
 流石に、主も焦ったのだろう。子ども好きのイメージなど、一切ない主だ。
「お兄ちゃん、かっこいいね!」
「いっしょにあそぼ!鬼ごっこしようよー!」
 そうぐいぐいと手を引っ張られ、主の戸惑い気味の表情など、初めて見た。
 あっという間に、エルリック氏と主は子どもたちの中へと入っていったのだった。



「厄日だ」
 帰宅したのは、夕暮れ時だった。
 ため息と同時に、ソファに座った主に、アイスティーを渡すと、彼はそれを口に含む。躊躇いもないのは、私からの手渡しだったからだろう。
「それに、媚薬や毒などが混入されていたらどうします」
 私の言葉に、主は、グラスを置いて、口角を釣り上げた。
「だったら、貴方も一緒に逝くでしょう?」
 手を差し出されて、私はそれを掴む。その手の甲に、口づけを落として、
「もちろんです」
 それが、イヌのさだめなのなら。

「それにしても、子どもに囲まれるアレス様を初めて見ました」
 不機嫌そうに眉をひそめる主。
「子どもは、無力で、可哀想な存在」
「ええ。そうですね」
 家族に、恵まれなかった主は、自分のことを言っているようにしか思えない。
「…貴方もそうなのでしょう?」
「オレは子どもを辞めた人間です。望んでいながらも、辞めるしか方法を知らなかった」
「…居場所を求め、手に入れた時、貴方はまたその場所を失くしてしまった」
「……」
 どこまで知っているのだ。といった表情で、睨まれてしまった。
 だが、私は、そんな表情を無視して、まっすぐに主を見つめた。
「私がいる、なんておこがましいことを…私は、言います」
 そう伝えた時、彼はわずかに目を見開いて、そして、本当にわずかに、目元を赤らめたような気がする。そんな顔を、見せまいと、彼は自分に背を向け、窓の前に立った。
「イヌがなにを言っているのです」
「…忠犬だからこそです。貴方には恩があります。同時に、貴方に惚れる要素がたくさんあります」
「…可哀想な人間ですね」
「ええ」
 私はそれを肯定する。
 この想いは、決して繋がるものではないことを、私は知っているから。

「…先ほどの孤児院の借金はどれくらいですか」
「一千万センズほどです」
「それくらいでしたか。それくらい、寄付したと思うことにしましょう」
「貴方が、慈悲でそのようなことを言うとは…」
「オレは、金の猫の言うことは聞きます。ビジネスパートナーという、金の招き猫ですから」
 そういう、主は、わずかに口角を釣り上げていることだろう。こちらからは、後ろ姿で見えないが。

「一千万の請求書は、エルリック邸に渡してきなさい。ダメなら、中央司令部、それでもだめなら、大総統府ですかね」
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