中央編E
□中央編130 怪談より寒いモノ
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「…夜の司令部って、怖くね?」
中央司令部の廊下は、ほとんど灯りが消されていて、懐中電灯だけを灯して、エドワードとアンダーソン弟は、歩いていた。
「…そうですか?」
「そうなんだよ!」
と言ったエドワードの言葉さえ、しん…と、暗い廊下に響いた。
「つーか、なんで、こんなに暗くしてるわけ!?」
「…経費節減を兄が提案し、それを快諾したのは、貴方でしょう。もちろん、私も賛成です」
「……」
そうだった、と思ったエドワードだ。
確かに、夜に煌々と蛍光灯などを点けるわけにはいかない。事件が起こらないかぎりは。
「そもそも、シャワーを浴びたいと言いだしたのは、誰ですか」
「オレでーす。だって、汗かいて、気持ちわりぃんだもん!」
「…知ってますか?夜中の十二時すぎると、赤い水のシャワーが滴るっていう、ハナシ」
「え」
思わず、エドワードの体が凍りついた。
「中央司令部の怪談の一つです。だから、誰も浴びにきません」
「なんでそれを早く言わないんだよ!!」
すでに、二人は、シャワー室の前に立っていた。
「科学者が信じるわけもない、と思ったので」
意外だ、と目を瞬かせたアンダーソン弟に、エドワードは、「おまえも来い!」と、シャワー室にずるずるとアンダーソン弟を連れて行ったのだった。
シャワー個室の、胴体部分だけを隠す扉の向こうで、司令官がシャワーを浴びるのをみていたアンダーソン弟は、彼の体中の傷痕を見る。
何度見ても、あの右肩の赤黒く変色している皮膚は、一体何があったんだ、と思わせるには十分なくらいだ。
屈強な男の、筋肉隆々とした場所にある傷なら、軍人なので、納得できそうなものの、あの華奢で色の白い肌に、くっきりと出てしまっているため、見た人間、みんなが気になるであろう。
キュ、とシャワーの蛇口を止める音がして、はっとしたアンダーソン弟は、そろそろ出てくるのか、と思いつつ――
「ぎぃやあああああ!!」
叫びながら、シャワー個室から飛び出し、自分にしがみつくエドワードに、思わず硬直した。
「なっ…」
まさか、素っ裸で、飛び出してくるとは思わないだろう。大の大人が、叫びながら…。
――そして、思わず、彼の体から目をそらしてしまった自分も、隠したい事実――
「どうしたんです」
呆れた声で、尋ねると、エドワードは、アンダーソン弟の胸にしがみついたまま、
「あか、赤い水がででででたぁああああ!」
と、シャワーを指さすではないか。
「はあ?」
自分が言ったこととはいえ、まさかそんなものがあるはずがない、と思いつつ、アンダーソン弟が事実を確かめようとしたが、エドワードが離れない。
「少将、少し、離してもらえませんかね」
「いやだ!!」
子どものように、そうはっきり言われて、アンダーソン弟は、溜息をついた。
「…襲いますよ」
「いいっ!エフィーになら、襲われてもいいから、離れるなぁああああ!」
…よほど怖いほうが勝っているらしい。
アンダーソン弟は、仕方なく、エドワードをくっつけたまま、シャワー個室へと歩み寄る。
「…確かに赤いですね」
赤いが、すこし光っているようにも見えた。
「ひいいいっ!」
これだけじゃ、原因がわからない。
アンダーソン弟は、とりあえず、裸でいるエドワードに、彼のシャツを羽織らせ、抱きあげた。