中央編E

□中央編 魂がかえる場所
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甘い檻

 そこから見える、中庭の様子は、士官たちがトレーニングをしている最中だった。その中に、混じっている、士官たちより一回り小柄な男に視線が行く。
そして、何気に見降ろしたアルフォンスに、ふと声をかけたのは、アンダーソン弟だった。
「エルリック大佐も苦労しますね」
「何がですか?」
 アルフォンスは、兄から視線を一瞬、アンダーソン弟にむけた。
「気苦労が絶えない、というか。あのような少将のオトウトで、大変でしょう?」
「ええ、まぁ、そうかもしれませんが、最初に本当に苦労したのは、兄ですから」
「え?それは、貴方がモテるということですか?」
 アルフォンスは、ハハと笑って、それを軽く否定した。
「幼い頃に、僕は『苦いお菓子』を餌に、『檻』に誘いこんだ。檻に入れてから、お菓子を甘いものに変えて、そこから出られなくした。そこに居たいと思わせるために、時々麻薬を仕込んで」
「……」
言葉をなくしたアンダーソン弟に、アルフォンスはくすり、と笑った。
「でも、その時気づいたんですよ。結局――甘い檻に閉じ込められて、生きている弟は、本当に、幸せだということに。兄が、幸せかどうかはわかりませんけど」
そういったとき、「アル!」と廊下の向こう側から駆け寄ってくるエドワード。
「わり、遅くなった」
 そういいつつ、柔らかな表情で、愛しい弟を見上げた。
 トレーニングをしていたのを見ていたので、アルフォンスは、口角を釣り上げて、
「ううん、大丈夫」
 と、兄の額の汗を、ハンカチでぬぐってやった。
そこ――司令部内にある喫煙所兼休憩場所――の椅子から立ち上がる。
「では、アンダーソン中佐。失礼します」
そう微笑むアルフォンスに、アンダーソン弟は、わずかに笑みを浮かべる。

「あの表情を見て、相手が幸せじゃないと否定するほうが難しい…」

弟をみたときの兄の顔、兄をみたときの弟の顔。
二人とも、温かで甘く、おなじ表情で微笑んだ。
…それすら、甘い檻だというのか?


捕まってみたいものだ――

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