未来軍部11

□キスひとつで。
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「それが、唯一のとりえかもしれません。趣味としては、本を読むことが好きですね。最近は、仕事に追われる日々で、ゆっくり読む事はできませんが」
「どんなご本ですか?」
――兄さんの好きな本は、かなり特殊だ。そんな本を、彼女が知るわけないよ。
 そう思ったが、兄は意外なことを口走った。そこで、アルフォンスは、目を見開く。
 その本の名前は、自分が読んでいた小説だ。兄は、小説など滅多に読まない。とくに、知名度のあるような小説は、まず読まない。それなのに、わざわざそう言ったのは、彼女がわかるように話を進めたかったから…?
「まあ、わたくしもそのご本は、読みましたわ」
 彼女も嬉しそうに、目を輝かす。話など合わないと思っていた兄と、思わず共通の話題ができたことが嬉しかったのだろう。

 兄が相手を思って、話をふっていて、ちゃんとこのお見合いを成功させようとしているように思えた。
 そう、思うと、さらに胃の痛みと、そこからこみ上げるものが、酷くなる。

「…お二人で、お話しされていたほうが、いいかもしれません。僕たちは、退席しませんか」
 アルフォンスの提案に、相手の父親は「それはいい」と腰を上げた。
「じゃあ、兄さん」
 そう微笑んだアルフォンスの笑みに、エドワードは「お、おう…」と返事をするが、アルフォンスはそのまま振り向きもせず、その部屋を退室していった。

――胃が痛い。
 キリキリと痛み、吐き気を伴う。
「では、中佐。どうか娘を…よしなに」
 にこり、と相手は微笑んだので、アルフォンスもにこ、と笑みを浮かべた。そして、そのまま彼の背中を見送った。

「っ…」
 なんだろう、この不安は。
 兄は、絶対に僕を裏切らない。と思っていたのに、今はそんな自信は崩れてしまった。自分は、『母』には敵わないと思っているからだろう。その『母に似ている』女性に、僕は太刀打ちできない。
 僕が誰かと結婚して、幸せな家庭を作るという妄想を、昔、兄から聞かされたことがある。僕は、そんな想像をしない。心のどこかで、兄が女性に、目を向けるはずがないと思っていたからだ。
 確かに、男女共に人気のある兄だが、それでも僕への愛情は確かだと思っていた。
 だが、あの微笑に、あの話し方に、そして、栗色の髪――

「…兄さん…」
 アルフォンスの声は、す、と誰にも響かずに消えていった。


 それから数日、兄はあの女性と、何回か会っているようだった。
あの、お見合いの日、僕は兄にどうだったか、と聞かなかった。その話には、一切触れなかった。
同時に、僕は、兄に指一本触れることすらしなかった。
 女性と上手くいっていたら、自分は拒否される。それは、自分にとって一番怖いことだ。こういうとき、僕は臆病だと、心の底からおもう。

 今日も、帰りが遅い。
 ふと、リビングの窓から、覗くと、丁度車が止まったところだ。自分の知らない車から、兄が降りて、ついてくるようにあの女性、カレンさんが降りてきた。二人は何かを話し、ている。カレンさんは、兄よりすこしだけ背が低い。二人で並んだら、とてもステキなカップルに見える。そんなことをぼんやりと思いながら見つめていたら。
二人は、
軽い、
キスを――

「っ!」
 どちらからなのか、わからない。
 だけど、触れるだけのキスを、確かにした。

 兄は、何もなかったかのように、そっと玄関ドアを開いてコートをかける。
「おかえり」
「起きてたのか。ただいま」
「…ねえ、聞いてもいい?」
「お?」
「兄さん、あの人のこと――」
 僕が黙り込んだので、兄が不思議そうに僕の顔を覗きこんだ。
 その時、ふわり、と香った香水。
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